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第37話 それでも
結局、言い争っていた場面に警備員がやって来て、健志郎は舌打ちをしてその場から立ち去った。
咲の心情を配慮して、この日も俺がハンドルを握っていた。
今にも泣きだしそうな空の下、車を走らせていると、咲が小さな声で謝って来る。
「社長、すいません」
「いいよ。ゆっくり休んでろ。先におまえのマンションへ送っていくから」
「そのことじゃなくて……」
「え?」
「パーティの夜、話したこと……あれに嘘はありませんが、一つだけ話していないことがあります」
「……何?」
咲がいったい何を話すのか、胸の鼓動が早くなるのが分かる。
「彼は私に言ったんです。妹と……桜と結婚しても、私と別れるつもりはないと。桜も私も両方好きだから、と」
フロントグラスに大粒の雨が当たった。
雨粒はそのままどんどん空から落ちて来る。
ワイパーを作動させる手が怒りで震えた。
「……最悪……あの野郎……」
咲と咲の妹を二股かけようとしやがったのか。
隣の席で、いつものように無表情で雨を見つめている咲に問いかける。
「咲……」
「……はい?」
「そんな目に遭わされてもおまえは、あいつのこと……」
好きなのか?
俺の問いかけに、咲は無表情を保とうとして失敗し、泣き笑いのような顔で答える。
「……優しかったんです……例えそれが見せかけだけだったとしても。誰よりも彼は優しくて、一緒にいると楽しかった……だから、私は」
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