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第39話 少しずつ……2
その週の土曜日、俺は咲と一緒に実家へと向かっていた。
「私が社長の家へお迎えに参りましたのに」
「そういうわけにはいかない。おまえはお客の立場だからな」
この日も俺が咲のマンションへと迎えに行ったのだが、咲はそのことに凄く恐縮しているようだ。
「それに俺もたまには運転したいし。……そんなことより咲」
「はい?」
「俺、昨日今度こそはスーツじゃなくてラフな格好で来いって言ったよな。なのになんで、またスーツ姿なんだ?」
今日の咲は濃いグレーのスーツ姿だ。
咲のスーツ姿はストイックな雰囲気で、それはそれでそそられるが、俺としてはやはり普段着の彼も見たい。
「おまえのTシャツとジーンズ姿とかすげー見てみたいのに」
ハンドルを握りながら文句を言う俺に、咲は微かな笑みと共に答える。
「私はスーツの方が落ち付くんです。それに前も申し上げた通り、社長のご両親にお会いするのに、Tシャツはだめでしょう」
「ああ、そのことなら気にしなくていいのに」
「は?」
「いや。何でもない。……それと前から気になっていたんだけど、仕事のときはともかく、プライベートではその丁寧すぎる喋り方なんとかならないか?」
咲は健志郎とはタメ口で話していた。
なのに、俺と話すときは二人きりのときでも余所余所しい敬語を使う。
それがなんとなく寂しいと言うか腹が立つと言うか……ようするに嫉妬なのだけど。
「申し訳ございません」
「ほらまた」
「すいません」
「あのさ、咲。俺はおまえともっと近くなりたいんだよ。そのことだけは頭の片隅にでもいいから置いといて」
「社長……」
咲の纏う空気が少しだけ柔らかくなり、 俺は身を乗り出すと咲の頬にキスをした。
「社長、いたずらはおやめください」
途端に冷静に押し返され、少しへこんだ。
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