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第40話 アジサイ

 車をガレージに入れるとき、向かいの家で咲き誇る紫のアジサイがミラーに映っているのが見えた。  ちらりと咲の方を見ると、目を伏せ懸命にアジサイを見ないようにしている。  俺は車から降りると助手席のドアを開けてやった。  物思いに沈んでいた咲がハッと俺の方を見る。 「あ、申し訳ございません。社長」 「咲、プライベートで二人きりのときは、敬語もだけど、その社長って呼び方もやめて欲しいな、俺としては」 「それは無理です……。第一今は二人きりではありません。社長のご両親がおられるでしょう?」 「いないよ」  俺はあっけらかんと言ってやった。 「は?」 「父さんと母さんは昨日から二人して旅行に行ってるから」  俺はジーンズのポケットから実家のカギを出し、ドアを開ける。 「咲、何ボーッと立ってるんだ? 入れよ」  ドア先でぼんやりと立ち尽くす咲へ声をかける。  俺は玄関を上がると、廊下の突き当りにある階段の前で足をとめ、咲の方を振り返った。 「おまえに見せたいものがあってさ」 「なんでしょうか?」  綺麗な作り笑顔を浮かべる咲を促し、二階へと上がる。 「ここがこの家での俺の部屋」  一つの扉の前で立ち止まると俺はドアノブに手をかけゆっくりと開くと中へ入って行く。 「咲、ほら来いよ。この部屋からはうちの裏庭が一望できるんだ」  咲は窓辺に立つ俺の隣に来ると、下を見下ろした。 「あ……」  咲の小さな驚きの声。  両親にはガーデニングの趣味は全くないので、以前初めて咲がこの家へ来たときには裏庭は閑散としていた。  だが、今は裏庭中アジサイの花で埋まっている。  母親に頼んで整えて貰ったのだ。  そのお礼に夫婦水入らずでの旅行をプレゼントしたのだが、俺としても咲と二人きりで見たい風景だった。  向かいの家に咲くアジサイは紫一色だが、うちの裏庭には白とピンクのアジサイしかない。

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