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第59話 再び広がる紫のアジサイ

「咲? どうかした?」  社長の呼びかけにハッと我に返る。  先にお風呂を使わせてもらった俺は、ベッドに腰かけたままぼんやりしてしまっていたようだ。  続けてお風呂から出て来た社長が心配そうな表情で俺の顔をのぞき込んでくる。 「……いえ。なんでもありません」  夜、社長の自宅で社長と過ごしながらも、俺の心は昼間の出来事にどうしても捕らわれてしまう。 ――男は結婚してこそ初めて一人前なんだぞ、和希――  あの言葉を聞いてしまったあと、震える体を抑えつけ、俺は社長室の扉をノックし、コーヒーを運んで行った。  立ち聞きをしてしまったことなんて微塵も感じさせない無表情のままに。  二人は俺が入っていくと言い争いをやめ、社長の叔父は、「分かったな、和希」という言葉を残すとコーヒーを一気に飲み干し、帰って行った。  健志郎さんの放った言葉が否応なしに耳朶に蘇る。 『咲! 今に見てろ!! この男はおまえを裏切るぞ。いつか絶対おまえは捨てられるからな!』  社長を信じていないわけでは決してないのだけれど、それでも不安になるのをとめられない。  心の中に紫のアジサイが広がっていく。

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