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第61話 紫色の呪縛
それから後は社長の叔父が訪ねて来ることはなく、平穏な日々が続いていた。
「咲、明日は実家の方で大事な用事があるって言われてて会えないから、今夜は久しぶりに外食しようか?」
休日前の夕方、あらかた仕事が終わったとき、社長が言った。
俺と社長は休日はほとんど一緒に過ごしていて、普段はどちらかの家で俺が食事を作ることが多い。
俺も料理が得意というわけではないのだけれど、社長は全くできないし、何より、「咲の料理が一番おいしい」と言ってくれるので作り甲斐がある。
「かしこまりました、社長」
俺が応じると、社長は少し吊り気味の切れ長の目で見つめて来て言う。
「おまえ、本当にいつになったら、その敬語やめてくれるわけ?」
「は? でもまだ今は仕事中ですし」
「仕事中だってなんだって、今この部屋には俺とおまえしかいないんだし、もっとくだけてくれてもいいんじゃないか?」
「ですが、社長……」
「和希だ」
「…………」
和希さんと呼ぶのでさえ、まだほんの少し恥ずかしさを覚えるし、グンと気持ちが盛り上がったときくらいしか、くだけた話し方などまだまだできない俺に、社長は少々焦れているようで、強請って来る。
こんなときの社長はなんとなく子供っぽく、可愛く思えるなどと言ったなら、怒るだろうか。
そんなことを考えながらも。
俺の心の深淵では健志郎さんが放った言葉と紫のアジサイという不安がしつこく根付いていた。
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