3 / 15

【ウラタロス】

「そんなの‥‥」 反論しようとして、モモのイビキに言葉を遮られてしまう。 「‥‥」 すっかり安心しきって無防備に眠るモモの頬を、今度はウラがつつき返す。 「んにぁ‥‥」 変な寝言を言うだけで、全く起きない事を確かめてから、耳元で静かに囁いた。 「そんなの、先輩だからですよ。先輩にだけですよ。 少しは気付いて下さいよ‥‥仕事バカ」 少し恥かしそうに。少し嬉しそうに。 でも、やっぱり少し寂しそうに見つめると、つついていたモモの頬を、指の甲で愛しそうにそっとなぞった。 このまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られた時、マスターから声が掛かる。 「あ~、モモちゃん寝ちゃったねぇ。警戒心の強いモモちゃんが、こんなに安心しきって寝ちゃうんだから、かなり親しい間柄なんだね。 まぁ、よほど疲れてたんだろうよ。 今タクシー呼んでやるから、君、送ってってやんなよ」 「あ。えぇ。そうですね、そうします‥」 今まで付き合いは長くても、さすがにモモの部屋に足なんて踏み込んだら自分を抑える自信の無かったウラは、今までモモの屋内には入らずに居た。 「意識の無い時に上がるハメになるとはなぁ‥」 小さい呟きを漏らしながらも、モモを体全体で抱き抱える様に支えながら、タクシーへと乗り込んだ。 行き先を告げ腕時計を確かめると、すでに23時を過ぎている。 「ヤバ‥‥」 モモに夢中になりすぎて、キンへの連絡を入れそびれていた。 慌てて携帯を取り出すと、キンからの着信履歴が何件も表示されている。 益々焦りながらダイアルすると、ずっと待っていたのか数コールで電話が繋がった。 『ちょォお前!今何時やと思っとんのや! 遅くなんなら、電話の1本くらいよこさんかい!』 案の定、開口一番に怒鳴られる。 「あ‥ゴメン‥‥ 帰り掛けに会社の先輩に誘われて飲みに来てたんだ。ホラ、いつも電話をくれる先輩。 今日はお礼にって言われたから‥断ったら悪いだろぅ?」 会社の付き合いでもあるし。と言うとキンも渋々納得し、怒りを収めてくれた。 『ほなら迎え行ったるわ。今どの辺りや?』 「や‥それが‥‥」 少し躊躇して、下手に嘘を付くよりはと思い、今の状況を手短に伝えた。 『‥‥そうか』 受話器から聞こえたのは、暗く沈んだ声。 いくら相手がノーマルな男性だったとしても、少なからず嫉妬してしまうのは当たり前の事だろう。 『ほしたらもぅ終電も無くなる時間やし、タクシー代も勿体ないから、泊めて貰たらええんやないか? 今日は面倒見てやったんやから、先輩さんも文句言われへんと思うしな。 明日は休みやし、何も焦る事も無いやろ。 な?そうしい?』 きっと、少しは不安もあるかもしれない。 それでも彼は、それを振り切って、最大限の優しさと信頼で応えてくれた。 「うん。そうだね、そうする事にするよ。 心配してくれてありがとね‥‥」 そんな優しい彼の言葉に甘えて勝手に決めてしまったけれど、意識の無い人の家に勝手に泊まってしまって良いものだろうか? そう戸惑いながらも、胸の奥で鳴り響く小さな警報の音に、自分自身で気付いていた。 それはモモへの期待かもしれなかったし、キンへの罪悪感だったかもしれない。 そこまで分かっていながら僕は、自身で目を閉じ、耳を塞ぎ、気付かないフリをした。 まだ、今は。 もう少しだけ、このままで居させてください‥‥ まるで祈る様な気持ちで、今目の前にある、ささやかな幸せに、身を投じて行った‥‥

ともだちにシェアしよう!