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【キンタロス】
『泊まらして貰ったらええ』
その言葉は、信頼でも、優しさでもない。
ワイはウラの気持ちを試したんや。
「ヤな奴‥‥」
切れた携帯を未練がましく握り締めたまま、キンは自室でしばらく立ち尽くしていた。
自分がこんなに醜い人間だった事を、これほど強烈に思い知らされるとは。
そしてそれ以上の後悔と嫉妬に、身を裂かれそうになっていた。
「クソッ!」
半分、自暴自棄になりながら、持っていた携帯を壁に投げ付ける。
跳ね返った携帯の液晶には、まるで二人の間に出来た溝の様に、小さなヒビが黒く刻み込まれた。
さっきも、いくら電話しても着信に気付かなかった。たとえマナーモードにしていたとしても、こんな時間まで他の奴と一緒に居て、恋人の自分を思い出す事も無かったのだ。
それだけソイツと居るのが楽しかったのか、それとももう、自分への想いなんて‥‥
そこまで考えて、ブンブンと頭を振る。
「アカン!一人で部屋に居ると変な妄想ばっかしてまうわ!」
特に行くアテも無かったが、近くにあったジャンパーを羽織ると、投げた携帯をそのままに、夜の街へと飛び出して行った。
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こんな時間に一人で外出するのは久しぶりだった。
昔はハデに遊んだ方だったが、ウラに出会ってからは別人の様におとなしくなった。
何股していたか分からない男達とも手を切り、暴力も奮わなくなった。
そこまでする価値を、ウラの中に見出したからだった。
そんな事を思い出しながら歩いていたが、気付くと、近くの公園まで来ていた。
元々ここの出身ではないが、子供の頃遊んだ公園に似ていて、少しだけ懐かしい感情が甦る。
そのまま園内に足を踏み入れ、ブランコの板の上に腰掛けた。
確か入れっぱなしだったはず。と、ジャンパーのポケットを探り、煙草を取り出す。
百円ライターで火を点けると、一息吸い込み、ゆったりと煙を吐き出した。
煙と共に“黒い感情”も抜け出る気がして、何度も煙草を吹かした。
夜風に当たり気持ちも落ち着いたのか、頭がスッキリして来る。
「あんなイイ男、そうそう居れへんよなぁ‥‥」
言うともなしに呟くと、再び煙草を口唇まで運んだ。
‐ ガン! ‐
と突然、静寂を破る騒音が少し離れた所から耳に届く。
深夜に若者が公園にタムロするのは、いつの時代も変わらないらしい。
音のした方向には、数人の若者達が輪を作る様にして集まっていた。
「~~!~だょ!!」
途切れ途切れに怒鳴り声が聞こえる。
「懐かしなぁ~。
まぁ、若い頃にゃありがちやわなぁ。」
そぅ呟き、恐らく喧嘩をしているのであろう若者達の方向へ、体ごと向き直す。
「ん?」
喧嘩かと思っていたが目を凝らしてよく見ると、寄ってたかって一人をリンチしている様だ。
「あららぁ、そらアカンやろ」
タイマンならまだしも。
とは口には出さず、煙草を足で踏み消し、ブランコ板から立ち上がると、若者達の方へとズンズン歩を進める。
「お前ら、リンチはアカンで~。リンチは。」
「ぁんだとぉ?部外者は引っ込んでろや!関西野郎!!」
凄む少年の頭に手を乗せ
「まぁ、確かに関西出身やけどな。
しかし寄ってたかってっちゅーのは、男としてちぃと卑怯ちゃうか?」
少し強めにガシガシと撫でてやった。
「ッッてぇなオッサン!ナメんな!!」
少年が、頭の手を叩く様に弾き返すのと同時に殴りかかって来る。
が、ヒラリと交わしたお陰でバランスを崩した様だ。その背中を軽く小突いてやるだけで、簡単に地面に倒れ込んでしまった。
「なんや息巻いてる割りには、足腰弱いなぁ~?自分~」
倒れ込んでいる少年に声を掛けている間に、後ろから他の2人が殴り掛かって来る。
それをまたヒラリヒラリと交わしながら、1人の腕を掴むと後ろ手に捩じり上げた。
「痛ッ!!イッテェェッ!!!」
大袈裟に喚く少年の腕をそのままに
「なぁ。俺の顔に免じて、その子、もぅ解放したってくれんか?」
と、にこやかな表情で更にキツく締め上げた。
「ぎゃぁ!!分かった!分かったから!」
半分泣きそうになりながら、少年達はバタバタと公園を走り去って行った。
「‥‥。」
残された疵だらけの少年は、自分の服に着いた泥を黙ったまま払っている。
キャップを深めに被っているので、表情も見えない。
「‥お前、弱いんか?」
「弱くなんかない!」
キンの意地の悪い質問に間髪入れずに声を張り上げる。
「弱ないんやったら、やり返したったらエェやんか。まぁ、寄ってたかっては卑怯やけどな。でも反撃せんから、相手も調子乗るんやで。」
言いながら、屈 む様にして顔を覗き込んだ。
街灯の微かな光ではハッキリとは見えなかったが、とても幼く、綺麗な顔立ちをした少年だった。
黒目がちな大きい眼が印象的だったが、瞳の奥の孤独な目差しが、キンの心を切なくさせた。
「別に。僕が誰に何されようと関係無いだろ。もぅほっといてよ。
どうせ僕の事なんて、誰も心配なんかしてないんだから。」
見つめるキンの視線から逃れる様に、顔を背ける。
「なんでや?お前にも親くらい居るやろ。
子供を心配せん親なんて居れへんで?」
背けられた横顔に向かって、優しく話しかける。
「親なんか居ない。
居たとしても、僕は邪魔な子だったんだ。だから施設の前に捨てられたんだ!
僕がどうなろうと、誰にも迷惑なんか掛からないじゃないか!
もぅほっといてよ!」
声を荒げて怒鳴りながら、人を拒絶しながら
‥‥それでも、助けを求められた気がした。
「お前はな、もう一人やのうなってしもたんやで。
“俺”に出会うてしもた。“関わり”を持ってしもた。
これで、残念ながらお前は、俺にとって『知り合い』になってもぅたんや。
“知り合い”が困ってたら、ほっといたらアカンよな?」
少し無茶苦茶な言い訳を作り上げると、そっと少年の肩に手を乗せ
「とりあえず、今日は冷えるし。風邪引いたらシャレんならん。
ウチで疵の手当てだけでもして行き?な?」
「‥‥ぅ、ん‥」
少々戸惑いがありながらも、初めて接する“他人 の優しさ”に動揺しながら、小さく返事をした。
まだ信用出来ないけれど、心までは許さないけれど、幼い頃から憧れて止まなかった“暖かさ”に、ほんの少しだけ、身を委ねてみたいと望んでしまった。
「なぁ。良かったら名前教えてくれへんか?『なぁ』とか『おい』では、さすがに失礼やもんな」
別に嫌やったら、あだ名でもかめへんけど。
と言うキンの言葉に、少年は
「‥‥リュウ」
とだけ、小さく答えた。
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部屋、と言ってもウラと二人暮らしだ。自分だけの部屋ではないが、この部屋に自分達以外の人間を入れたのは初めてだった。
よく怪我をするのは当然自分の方なので、薬箱は目隠ししていても取って来れる。
そこから箱ごとリビングへ持って行くと、無造作に消毒液を染み込ませた脱脂綿を、疵口に押し当てた。
「いだッ!!」
喚 くリュウに、口の端で小さく微笑みながら
「こんくらいで喚くなや。男やろ?」
と意地悪く言い、再び脱脂綿を塗ったくる。
「~~!!!!」
自分に言われた言葉を気にしているのか、痛みを懸命に我慢する姿が可笑しくて、笑うのを堪えるのが大変だった。
「顔中痣だらけになってもたな。折角の可愛い顔が台無しや」
ある程度手当てを終えると、頭をぽんと叩く。
「男はな、ヤられたらヤり返すモンやで?」
「‥‥」
さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、急に話さなくなってしまった。
「こんなん、しょっちゅうあるんか?」
少し声のトーンを落として静かに問い掛けると、ようやく口を開いてくれる。
「僕。本当に強いんだよ。でも、あの人数だから対応しきれないだけなんだ。それをアイツら‥‥」
ギリッと歯の擦れる音が聞こえる様だった。
「オジさん強いんでしょ!??僕に喧嘩教えてよ!!」
よほど悔しかったのだろう。まるで掴み掛かる様な勢いで、身を乗り出して来る。
先程まで瞳の奥にあった孤独感も色を褪 せ、今は闘争心で覆い尽くされていた。
“本能”とでも言うのだろうか。彼の中に眠る“野性”を、垣間見た気がした。
「リュウがそうしたいなら、付き合ったってもエェで」
それで一時的にでも“孤独”を忘れていられるなら‥‥
そんな事を、心の奥で願った。
「本当に!?やったぁ!!!」
素直に喜ぶリュウに
「ただし。」
と、条件を突き付ける。
「わいの事はオジさんやのぅて“キンさん”と呼べ。
それと、返事は絶対『ハイ』しか認めんからな。」
そう言うキンの、わざと意地悪く歪ませた顔をしばらく驚いた表情で見つめた後
「はい。」
と、フッと緊張が溶けた様に、リュウは静かに柔らかく笑った。
初めて見たこの笑顔に、心を掠 われていた事に、この時まだキンは全く気付いていなかった‥‥
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