6 / 15
【モモタロス】
どのくらいの時間が経ったのだろう。
呑んでいる途中で急に睡魔に襲われたのは覚えているが、どうやって帰って来たのかは全く覚えていない。
そして、何故ベッド脇に座り込んでウラが眠っているのかも。
『って、何手首握ってんの俺!!???』
慌てて、握り締めていた手を離す。
それでも起きないウラの顔が、まだ自分の目の前にあった。
ずり落ちた眼鏡が、らしくなくて笑える。
『睫毛、長ぁ‥‥』
普段から綺麗な顔だと思っていたが、近くで見てもやっぱり変わらず綺麗だ。
後輩と言っても、たいして変わらない年齢のはずなのに、何を食ったらこんな綺麗で居られるんだ?などと、寝ぼけた頭で考えながら、視線はウラから外せなくなっていた。
『口唇も柔らかそ‥』
そこまで考えると、見つめていた口唇がキュッと結ばれる。
「‥~んぅん?」
寝言の様な間抜けた声を出しながら、むくりと身を起こすウラに、今まで見つめていた事を気付かれない様に、即座に寝た振りをした。
「ひぇんぱい?」
まだ半分寝てる様で、普段なら絶対聞けない間抜けた声に反応して、つい噴き出してしまう。
「なんです!?起きてたんですか!?意地悪だなぁ!」
可愛いくて可笑しくて、笑いが止まらない。
こんな風に笑うのは何時ぶりだろう?
最近は仕事漬けで、こんなに癒された気分になるのは久しかった。
「そういやお前、介抱してくれたんだな、悪かったな。
こんな情けない姿を晒すハメになるなら、呑みに誘わなきゃ良かったか?」
もちろん冗談のつもりで言ったのだが、急に深刻な顔をされる。
「そんな!僕、誘ってくれて凄く嬉しかったし、介抱するのも、普段と違う姿を見れて嬉しかったのに!?」
「や。そうじゃなくて‥‥
いや、冗談が過ぎたな。悪かった。
介抱してくれてありがとな」
素直に礼を言うと、今度は少しはにかんで、嬉しそうに笑った。
あんまり綺麗な笑顔だったので、また釘付けになる。
こんな風にウラと過ごす優しい時間が、ずっと続けば良いのに。と、願わずに居られないほど、彼に心を囚われていた事を、今始めて自覚した。
「気分は大丈夫ですか?」
そぅ声を掛けられて、ようやく視線を外す事に成功する。
「あぁ、お陰様で。
それより今何時なんだ?どのくらい寝ちまったんだ俺は?」
ふと壁掛け時計へと眼を移すと、針は4時を指そうとしていた。
「結構寝ちまってたんだな、なんか悪かったな。こんな散らかった部屋に入れちまうわ、オッサンの世話させちまうわ‥‥。
そだ、今更だけどなんか淹れて来るわ。コーヒーで良いよな?
お前はリビングで適当に寛いでてくれよ」
ほぼ断定的に言いながら、キッチンへと行ってしまう。
「お構いなく」
なんて言葉は、耳に届いていない様子だ。
ウラは仕方なくリビングへと向かうと、デスクと兼用していたのであろうテーブルに、書類がいっぱいに積み重ねられていた。
『彼らしいな』と思うだけで、小さく笑みが零れる。
テーブルがこんな状態だとか、きっとすっかり忘れてるんだろうな。とか、そんな事を想像するだけでも心が和む。
そんな彼を待ちながら、大まかにテーブルの上を片付けてやった。
間も無くモモが、コーヒーカップ一つ一つを手にして戻って来る。
「ぉわぁ!悪ィ!そういや書類そのまんまだ!!」
とか言いながら、両手をカップで塞がれているせいで、叫ぶしか出来ない事をもどかしそうにしながら、ワタワタ落ち着かなくしている。
どんくさいと言うか単細胞と言うか。
「気にしないで下さい。僕、こういう事するの好きなんで。」
口ではそんな事を言ってはいるが、内心『可愛い可愛い』で埋め尽くされているなんて、殴られそうで恐いので絶対に言えない。
ようやく空いたスペースにカップを2つ並べると、“二人きり”だという実感が湧き上がる。と同時に、まだ夜も明けない薄暗いカーテンがやけに落ち着かなくて、気恥ずかしくもなった。
「まぁ、飲めよ」
精一杯出した言葉も、どことなく緊張を含んでしまう。
「じゃぁ、遠慮無くいただきます。」
緊張と言うのは空気感染するのだろうか。知らず知らずに、ウラまでもが緊張し始めていた。
気持ちを落ち着かせようと、一口、淹れ立ての温かいコーヒーを飲み込むと、ほんの少し緊張も解けた気がした。
「美味しいです。」
そう言ってまた柔らかく微笑むウラに、視線を奪われる。
「なら、良かった。」
一言を発するのも精一杯で、どんどん頭の中が真っ白になって行くのを自覚しながら、自分もコーヒーに口を付ける。
「ぅあっちゃ!」
淹れ立てだったのを忘れ、慌てて飲んでしまったお陰で火傷しそうになる。
「あぁもぅ。熱いんだからゆっくり飲まなきゃぁ」
そう言って、手早く零れたコーヒーを自分のハンカチで拭き取ってくれる、ウラの甲斐甲斐しさに甘えたくなってしまう。
「悪ぃ‥‥」
あまり考える事無く、無意識にそれだけ言葉にはしたが、後はもぅ、やたら色っぽいウラの首筋に意識を持ってかれた。
これだけの至近距離でのこの誘惑は、あまりにも残酷だ。
『あぁ‥何の香水だろぅ‥』
辛うじて頭の片隅で、そんな事を考える。
甘い香りの誘惑と。
ふ。と
意識してるのか無意識なのか、判断のつかないタイミングで、ウラが自分の方へと振り返る。
今思えば、俺の視線を感じた所為だったのかもしれない。
潤んだ瞳と。
微かに開かれた口唇と。
それ以上、どんな理由が必要だったと言うのだろうか?
気付いたら俺は、ウラの腕を引き寄せ、深く、深く、口付けていた‥‥‥
ともだちにシェアしよう!