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【キンタロス】
あれから、どのくらいの月日が経ったのだろう?
気が付くと、ウラよりリュウと居る時間の方が長くなっていた。
『喧嘩を教えて』と言っていたリュウも、もともとセンスがあったのだろう。今ではすっかり力をつけていた。
「もう、ええやろ。」
組み手をしていた腕を止め、リュウに声を掛ける。
「ふぅ。」
と、一息ついてから
「はい!
ありがとうございました!」
いつも通りに挨拶をし、頭を下げる。
わいが教えたのは、もちろん喧嘩ではなく“格闘”だ。
礼儀も教えた事で、以前のような“無差別な喧嘩”もしなくなり、“いじめていた奴等への仕返し”と言う観念も消えて、ただ純粋に『強さ』を求めるようになっていた。
──それで良い。
肉体だけの強さだけではなく、精神的な強さも持って欲しかった。
傷つけるのではない、大切な誰かを守るための強さもあるのだ。と言う事に、気付いて欲しかったのだ。
「僕、強くなったでしょ。クマちゃんを待ってる時間も、ちゃんと自主トレしてるんだよ♪」
満面の笑みを浮かべながら自慢げに話すリュウの眼からは、出会った頃に感じた“孤独感”もすっかり消えていた。
「リュウ。お前はもう充分強なった。わいが教える事はもう何も‥‥」
「嫌だ!」
言い終わらないうちに答えが返って来る。
「だめだよ!!まだ!!僕まだ、クマちゃんに勝ててないもん!!」
必死な形相で向かって来ると、Tシャツの襟元を掴まれる。
「どうして急に!?これ以上僕が強くならないから!?それとももう飽きちゃった!?僕と居るのがツマンナくなっちゃった!?
ヤダ!!ヤダよ!!僕、良い子にするから‥‥ッ!!」
後半はもう、意味不明だ。なんでお前に飽きられる?なんでお前と居って、つまらなくなれる?
‥‥なんでお前は、そんなに自分に正直で居られるんや‥‥
「‥‥んな訳あるかい」
言いながら、もう声も出せなくなってるリュウの、止まらない涙を拭った。
「おねがい。」
拭った手を、掴まれる。
まだ幼いくて小さな、でもとても暖かな手で、わいのゴツイ手を両手で包み込む。
真っ直ぐ見上げる瞳は、溢れ出る涙でキラキラ光り、鏡のように眩しくて、まるでわいの心を見透かされてるみたいで見つめ返す事も躊躇 わせた。
「僕を、見捨てないで‥‥」
そう言って、握り締めた拳に、触れるだけのキスをした。
その言葉の意味は?
信頼なのか。友情なのか。親に求める愛情なのか。
それとも、ただの依存なのか‥‥。
お前の本心は、どこに居る?
自分に寄せられる好意が何に当てはまるのか分からないまま、本能でリュウを抱きしめていた。
「分かったから。」
抱きしめた小さい体から感じたのは、『不安』と『恐怖』。
どちらも“傍に居て欲しい人物”が居てこそ、溢れる感情だ。
もう、それで良いじゃないか。ゴチャゴチャ考えるのは性に合わない。
「誰がお前を見捨てたりなんかするかい。アホが。」
抱きしめる手に力を込めると、背中に温もりを感じる。
リュウの、しがみつくような、縋 り付くような、小さなぬくもり。
「ん。‥‥ん。」
しゃくり上げるように泣きながら、何度も頷く。
「そんな泣くな。アホ。」
肩口で泣き止まないで居るリュウの頭を撫でながら、額にキスをする。
「‥‥って。クマちゃぁ~ん」
本当に子供みたいに泣くリュウの頭と背中をなだめるように摩 りながら、しばらく抱き合っていた。
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「‥‥落ち着いたか?」
少しして、ようやく泣き止んだリュウの顔を覗き込む。
「うん。クマちゃんゴメンね?」
赤い眼をしながらも、可愛らしい表情で見上げてくる。
そんな表情を見ていると、おかしな行動を起こしそうで自分が怖くなる。
「ゴメンは、わいの台詞や。悪かったな」
バツが悪くて、誤魔化す様に抱きしめる。
「ダメ。許さない。」
相変わらず背中に手を回し、しがみつく手をそのままに、厳しい返答が返って来る。
「う‥‥;許してくれへんの?」
「許さない。」
「‥‥どうしたら許してくれる?」
その言葉を待っていたかのように、パッと顔をあげると、ニッコリと微笑む。
「エッチしよ。」
「はぁ!??」
思わず大声を上げてしまった。
「エッチて;お前、どういう事か分かって言うてんのか?」
「当たり前でしょ!そのくらい分かるよ!クマちゃん、僕を子供扱いしてるでしょ!」
「‥‥すんません。」
漫才みたいなやりとりをした後、急に哀しそうな表情に変わる。
「‥‥クマちゃん、僕を軽蔑しないでね?嫌いに、ならないでね?」
「ん?なんでや?今さっき、約束したやんか。お前を、見捨てたりなんかせえへんて。」
「うん‥‥。」
頷きながらも、よほど言い辛いのか伏し目がちになる。
「僕ね。あいつらに乱暴された事もあってね。すごく‥‥すごくね。」
そこまで言って、口唇が、震える。
もう、それだけで分かった。きっと、口にするのも辛い事。
それを、一生懸命わいに告白しようとしてる事。それは『好き』と言う言葉よりもずっと深く、重く、わいの心の奥に届いた。
「もう、ええて。」
そう言うと、リュウの口唇を、自分の口唇で塞ぐ。
絡めた舌が、ほんの少し、涙の味を運んだ。
「軽蔑なんかせえへん。嫌いになんかならへん。
好きやで、リュウ。嫌や言うても、離さへんからな。覚悟しときや。」
「ふ。ぅぅぅ~。」
まともに返事も出来ないまま、泣きながら何度も頷くリュウと二人、肩を寄せ合いながら、近くのラブホテルへと向かった。
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