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【リュウタロス】
『ラブホテル』
と言う場所に入るのは、実は生まれて初めてだったりする。
まだ夜と言うには少し早い時間帯なのに、無駄にキラビヤカな装飾達が、眩しいくらいにボク達を包み込んでいた。
「‥‥怖なったか?
止めても良えんやぞ?」
無意識にぼーっとしていたのか、ふいに声を掛けられた。
「うぅん。キレイだなぁと思って眺めてただけ」
素直に答える。
クマちゃんにだけは、ニセモノじゃない本当の自分を見ていて欲しいと、出会ったあの日からずっと思い続けていた。
あんまり正直すぎて、困らせた事もたくさんあっただろうけど。
「ほうか」
言葉少なに答えると、薄暗い入り口から中へと足を踏み入れ、幾つもある部屋の中から1部屋を選び入室する。
部屋はわざと明かりを落としているのか少し薄暗く、蛍光灯の暖色が部屋中を暖かなイメージで包んでいた。クマちゃんが“手続き”とか“支払い”とかを済ませている間に、こっそり部屋のあちこちのドアを開けて探検しながら、見つけたバスルームでシャワーを浴び始める。
AVとかでは一緒にお風呂に入って洗いっこしたり、Hしたりするのを見るけど、ボクにはそれより先に超えなきゃならない『試練』があった。
クマちゃんがそれを受け入れてくれるまでは、まだ怖くて一緒にお風呂になんか入れない。
シャワーの後バスルームで見つけたローブを身に付けて、ベッドルームのドアの前へと向かう。
ほんの少しだけ、足が震えた。
「頑張れボク!覚悟したんだろ!」
小声で自分を励ますと、そっとドアを開く。
「お前、準備早すぎや。もっとゆっくりで良ぇんやで。」
まだ半分しか開いていないドアの隙間から、優しい声が聞こえる。それだけで、体中から“汚い感情”が抜け落ちて行く気がした。
と同時に、そこから体がピクリとも動かなくなってしまった。
『え!?どうして!?ちゃんと向き合うって決めたのに!!』
軽くパニックになっていると、頭のてっぺんに温かい感触を感じる。
それだけで、わざわざドアまで迎えに来てくれたクマちゃんの優しい手だと、俯いたままでも分かった。
「ホンマ、お前はアホやなぁ。こういう事は、自分に嘘をついたり、無理してまで、するもんやないんやで。」
『違う!!!』
そう言ったつもりなのに、声の変わりに涙が零れた。
「大丈夫やって。お前の事、嫌いになんかならんって言うたやろ?」
そう言ってまた、優しく抱きしめてくれる。
大好き。大好き。大好き。大好き。クマちゃん大好き。
伝えたくて仕方ないのに、やっぱり声になってくれなくて、涙ばかりが溢れてどうしようもなかった。
「‥‥き。ッく。だぃ‥‥き。」
ようやく出した言葉は、ちっとも“言葉”なんかじゃないのに、何度も『うん。うん。』って頷きながら、ボクの背中と頭を、しばらく撫でてくれた。
暖かい温かいあったかい、クマちゃん。
クマちゃんを失ったら、きっとボクは生きて行けない。
もしかしたらボクは“ボク”じゃなくなるんじゃないかと、本気で思った。
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気が付くとボクは、ベッドの中に横たわっていた。
『あぁ、泣き疲れて眠ってしまったのか』と自覚するまでに少し時間が掛かってしまったのは、きっと寝起きだったせいだろう。
でも少し眠ったせいか、気分は落ち着き、頭もスッキリしていた。
室内はシンと静まり返っていたが、ドアの向こうからはシャワーの音が聞こえる。
そういえば“組み手”をした後で、クマちゃんも汗を流してなかったんだっけ。
仕事が終わってから公園まで直行してくれて、疲れてるハズなのにボクのために“組み手”までしてくれる。
そんな贅沢な毎日を『物足りない』と思ってしまうボクは、やっぱりワガママなんだろうなぁ。
なんて考えていると、タオルを腰に巻いただけの姿で、クマちゃんがシャワーから戻って来る。
「なんや、起きとったんか」
「うん。」
今度はちゃんと言葉が出た。
少し擦 れていたのは、寝起きだからか。泣いたからか。
「クマちゃん」
「ぅん?」
「お願い。嫌いにならないでね」
「なんや?当たり前やんか」
『勇気を下さい。』
誰ともなしに心で祈ると、眼を閉じて、ゆっくりとローブを脱いだ。
「‥‥リュウ‥‥」
小さく、溜め息を吐くようにボクの名を呼んでくれる。
それでもまだ怖くて、眼を開ける事は出来なかった。
“ふわりふわり”と、ベッドが波打ち、クマちゃんが近付いてくるのだと気配が知らせる。
「やっぱりお前は、大アホや」
耳元で囁くように言うと、殴られたり切られたりタバコを押し付けられたりして、傷だらけの汚いボクの体を、きつく抱き締めてくれた。
「嫌いになんか、ならんかったで。」
その一言は、深く、ゆっくりとボクの心の奥の奥の、一番芯の部分に染み込んで、そこから今度はじんわりと暖かく、全身に温もりを伝えた。
「ありがとう。クマちゃん‥‥」
不思議と震えは、止まっていた。
「大好きだよ‥‥?」
ようやく開いた眼には、変わらず優しいクマちゃんの瞳が映る。
その瞳に吸い込まれる様に、口付けを交わした。
与えられる“大人な口付け”に応えたかったのに、気持ち良すぎてただ受身でいる事しか出来ない自分が悔しかった。
「ん。ン」
呼吸をするのもやっとなほど舌を吸われ、“求められている”事を実感する。
こんなに幸せで『そのうちバチが当たるんじゃないか』とか、頭の片隅をよぎった。
「ちゅ。」
音を立てて口唇を離すと、今度は肩の疵の方へ視線を移し、ゆっくりと親指の腹で撫でる。
「これは?いつの疵?」
「‥‥16の時。突き飛ばされて、木の切れ端にぶつかったの」
答えると、その疵跡に優しく口付ける。
「リュウのやと思えば、小さな疵も愛しなるわ。1つ1つ全部がリュウの生きた歴史や。
お前の歴史、教えてんか」
クマちゃんの一言一言が、汚いと思っていた自分の体までもを浄化する。
「これは?」
また指でなぞる。
今度は少し、ヤラシく。
「ン。15の時、タバコ押し付けられた‥‥」
そしてまたキス。
「こっちは?」
「あッ‥‥。
13の時。チャリで転ン、だぁ」
「ぁはは。ドジやな」
キス。
「ドジじゃな‥‥ぁン」
そうして、じゃれ合うみたいな触れるだけのキスと、強く吸うキスと、時には舌で絡めとる様なキスと。気付けばボクの体中にキスの雨を降らせていた。
「クマ、ちゃ‥‥焦らし、てんの?」
クマちゃんの雨に打たれ続けたボクは全身ずぶ濡れで、溺れてしまいそうになっていた。
「焦らし?そんなつもりは、あれへんけどなぁ。」
意地悪で言ってるのは、体に掛かる“笑う息”で簡単に分かった。
「意地悪‥‥ぅ」
ちょっと本気で、泣いてしまいそうだ。
その微妙な変化に気付いたのか、キスを降らせるのを止め、僕の上に包み込むように体を重ね、そのまま抱き寄せてくれる。
「ごめんごめん。お前があんまり可愛い顔するから。もうちょっと見てたかってん」
謝りながら、おでこにキス。で、頬にもキス。
「クマちゃん、キス魔なの?」
照れ隠しにそんな事を聞くと
「ん~~‥‥かも、しれんな。」
言ってまた、瞼にキスをくれた。
「可愛いの。」
くすくす笑うと、『そんな笑うなや~』とか言いながら、今度は反論出来ないように口唇を塞がれた。
ボクを見つめるクマちゃんの瞳も、柔らかな口唇も、ボクに触れる大きくて暖かな掌も、何もかもが幸せで
『もしかして全部夢なんじゃないか』なんて思ってしまう。『夢なら覚めないで』って、願ってしまう。
「は。ぁ、あ‥‥」
キスだけで、こんなに感じるんだという事も、初めて知った。
すっかりそそり立ったボクの自身からは先走りが零れ落ち、その雫がクマちゃんの手を濡らし、潤滑液に変わってまたボクを刺激する。
「や。だめ‥‥」
「ぅん?なにがだめ?“イイ”の間違いやろ?」
「ば、か、ぁッン!ン!」
簡単にイかされて、クマちゃんの手を汚してしまう。
「はぁ。クマちゃ、ごめ‥‥汚れた‥‥」
切れ切れの息を吐きながら、やっと発した言葉もクマちゃんには些細な事らしく。
「リュウのイッた顔、溜まらんわ‥‥可愛いすぎ。」
なんて言ってる。
「も~。てか、ティッシュ‥‥」
「いらんやろ。」
あっさり返答すると、その手を濡れたまま最奥へと伸ばす。
「ン。ァん」
入り口に精液を擦り込む様にゆっくり撫で回し、そのまま指を挿れて行く。
なるほどこれなら痛くない。なんて感心も、すぐに快感に打ち消された。
今までのヤツラと比べるつもりは無いけど、『愛撫』なんて行為は当然無かったし、ただ一方的に殴られ、挿入され、揺さぶられ。を繰り返していたせいか、こんなに優しく抱かれるのは生まれて初めてで、まるで『少女』みたいにドキドキした。
少女がどんなかは知らないけど。
散々いじられ慣らされたソコに、クマちゃんの自身がゆっくりと入って来る。
「あ。‥‥ぅン」
クマちゃんの圧迫感が、ボクの全身を貫いた気がした。
「辛、ないか?」
そっと頬に手を当てて、優しく気遣ってくれるクマちゃん。
やっと繋がったと言う喜びの中に居るのに“辛い”なんて事が、欠片もあるはず無かった。
「ん。」
返事なのか喘ぎなのか分からない返答をして、クマちゃんの背中に腕を回し抱きしめると、自分からキスをした。
口付けながら、またゆぅっくり腰を浮かせ、侵入する。
内部を擦る感触が、髪の毛1本1本にまで『快感』を届ける様だった。
「は。ぁア。あン。クマ、ちゃ」
大好きな人の名を呼んで抱きしめてもらえるセックスが、こんなに気持ち良いものなんだと、大好きな人に教えて貰う。
それが相手にも伝わっていたら、きっともっと、幸せだろうな。
そう思いながらクマちゃんを見上げると、見た事もない表情でボクを見つめていた。
きっと、ボクも同じ顔をしているのかもしれない、『大好き』と『気持ち良い』と、そして大切な『幸せ』が、交じり合った表情。
クマちゃんもボクのように、感じていてくれていると思ったら、嬉しくて涙が零れて行った。
「あぁ。リュウぅ‥‥。ぅ」
クマちゃんの甘い吐息が耳元で聞こえるのとほぼ同時に、一緒に果てる。
思考能力もほとんど働かない意識の中で、『このままクマちゃんに溺れてしまうのも悪くないなぁ』とか、末期な事を思っていた。
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