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【ウラタロス】
気が付けばここ最近、キンちゃんの顔を見ない日の方が増えていた。
お互い残業続きで、まともに会話もしていない。
“残業”と言っても、僕のは半分以上がモモと会うための嘘だけど。
『ほぅか、帰りも気ィ付けるんやで』
そう言ってくれるキンちゃんの優しさに、どっぷり甘え続けていた。
そんな日々を送っていたせいだろうか。
『今日は早く帰れそうや』
受話器の向こうから聞こえた言葉に、すっかり忘れかけていた、心の奥の“罪悪感”が疼 いた。
「本当?なんだか随分久しぶりに会う気がするね。じゃぁ今日は、腕によりをかけて夕飯準備しとくよ」
『なんや大袈裟やな。ウラも疲れとるやろ。わいは簡単なのでかまへんで』
「‥‥キンちゃん、相変わらずだね」
優しくされればされるだけ、胸が痛くなった。
『ほな。後でな』
「うん、気を付けて」
そうやって携帯を切ってから数時間。
食事中も会話にならず、入浴もそれぞれ別々に済ませ、ソファに無言で隣合わせて座る二人の間を、TVの音だけが静かに流れていた。
「キンちゃん、何かしゃべってよ」
TV画面を眺めるキンに声を掛ける。
「‥‥何か言われてもなぁ」
振り向きもせずに返答する横顔を観察する。
眼は画面を観ていても、『心ここにあらず』と言った感じだ。
「しばらくまともに会ってなかったんだし、近況報告しようよ。
最近、何かあった?」
意地悪ではない。純粋に思ったままを口にする。
「さぁなぁ。たいして変わらん日々やったで。
そう言うウラは、最近どないやねん」
相変わらず視線はTVに向けたまま、素っ気無く返された。
「僕?僕も、毎日毎日、仕事に追われる日々だったよ。」
「‥‥ほうか。あんまり無理して、体壊さん様にな?」
そう言ってようやく顔をこちらに向けてくれる。
優しい眼差しも相変わらずで、本気で心配してくれてるのが分かった。
「うん、そうだね。
ありがとう。気を付けるよ」
言いながらキスをする。それは『“恋人同士”ならするべきだよね?』と言う、“感情”ではなく“道理”としてのキスだった。
「なんだか、随分久しぶりにウラとキスした気ィするな‥‥」
「うん。だって久しぶりだもん」
くす。と笑うと、今度はキンからキスして来た。深く、深く。
「ん‥‥」
受身のキスが久しぶりすぎて、どこかぎこちないキスになる。自分自身、モモとのセックスに慣れすぎて、抱かれ方なんかとっくに忘れ去っていた。
そんなぎこちなさも、“ブランク”として受け取ってくれる事を、ひたすら祈る。
「ウラ‥‥」
優しく名を呼び、頬へ、首筋へ、胸元へと舌を這わせて行く。
「は。ぁッ」
自然と出る吐息に、自分が一番ホッとしていたかもしれない。
『ちゃんと反応出来ているだろうか?以前と感じ方が変わっていないだろうか?吐息は?抱き締め方は?』
そんな事にばかり気をとられていたせいだろうか、キンの様子がおかしい事に気付いた。
具体的にどうのと言う訳ではないが、以前と同じ声で、以前と同じ眼で、以前と同じ指で抱いている筈なのに、どこか“義務的”に感じたのだ。
そう、さっきまで感じていた“そっけなさ”が、今も続いているような。どこかよそよそしさを感じる暖かい掌から、冷たさが流れ込んで来る様だった。
それは“ブランク”と呼ぶには、あまりにも長い月日が過ぎ去っていた事を。もう、肌を重ねたくらいじゃ修復出来ないほど、互いの心に深い溝が出来ていたと言う事実を。目の前に突きつけられた気分だった。
「‥‥ふ‥ぅ‥‥」
気が付けば、無意識に泣いている自分が居た。
彼と触れ合っていると、寂しくて仕方なくなった。彼に触れられると、哀しくて仕方なくなっていた。
『モモ。モモ‥‥』心の奥で、モモの名を呼ぶ。『今すぐそばに来てくれ』と、叶うハズの無い願いを呪文のように繰り返す。そんな身勝手な、悪魔のような自分がそこに居た。
「‥‥ウラ。」
遠くでキンが僕を呼んでいる。優しい優しいキン。裏切ってゴメン。謝って済む問題じゃないけど、本当にごめんなさい‥‥
「なぁウラ。わいら、もう限界やろ」
うん。ごめんね。全部僕が悪いんだ。優しいキンちゃん。どうか自分を責めたりしないで。
「今までありがとな。お前と居って、ほんま楽しかった。」
僕の方こそ。こんな裏切り者の僕に優しくしてくれてありがとう。
「お前を好きやった気持ちに、嘘は無かったで」
僕もだよ。
「寂しいけどお別れや。」
僕も寂しいよ。
「荷物は後で取りに来るからな。じゃぁ。元気で。」
キンちゃんもね。
泣いてばかりで、きちんと『さよなら』も言えないまま、僕は部屋を出て行くキンの背中を見送った。
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その後、僕達の部屋からキンの荷物が無くなるまでに、1週間も掛からなかった。
僕はと言うと、キンとの思い出の詰まった部屋に住むのはやっぱり辛かったので、キンの荷物が無くなると同時期くらいに部屋を出た。
今は、モモの部屋に転がり込んで、幸せな毎日を送っている。
こんな調子の良い自分は、やっぱり悪魔だなぁ。なんて思いながら。。。
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