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第4話
「滝川、小竹向さんへの挨拶もだが、殿村さんへも挨拶しておけよ。」
「え。」
「あはは、あの人、本当に綺麗な人ですけど、怖いですよね。海南物産でも影では人気だけど、怖すぎて表立っては誰も近づけないらしいですよ。」
海南物産の壮行会へ無事参加している、部長と七緒と俺。小竹向さんへの挨拶を終えて一度席へ戻ると、部長が俺に殿村へも挨拶をしろと耳打ちした。びびる俺を七緒が笑う。
…違うんだ、七緒…。俺は、俺は殿村に…。考えると股間がスースーする…。
視線を奥へ向けると、人に囲まれ、涼しい顔で、また美しい所作でご飯を食べる殿村がいた。その顔は冷たく事務的だが絵になる。俺の前の変態ぶりとは凄い違いだ。
「はぁ…。」
「お久しぶりです!部長さんと七緒と…ついでの滝川。」
「…矢野、久しぶり…。」
「…。」
俺のため息を消すように、煩い声が響く。NT社の矢野だ。正にスポーツマンという爽やかな見た目だが、コイツとは昔からの知り合いでライバルで、結構腹黒い本性も知っている。そこに友情も好意もなにもない。不思議な事に、気づくと毎度何かで競合してしまう腐れ縁だ。
俺は人目を気にしてポツリと社交辞令をのべるが、七緒はガン無視だった。
「あぁ、矢野くん、久しぶりだね。」
「お久しぶりです!部長さん!」
部長は恐らく矢野の本性を知らない。笑顔で挨拶している。
「七緒、来るなら教えてくれればいいのに!」
「…。」
矢野がニコニコと七緒に話しかけるが、七緒はまるでそこに矢野が存在していないかの様に、無視してもぐもぐと食事をした。
何でかいつも七緒は矢野に冷たいんだよな…。
「あ、七緒、」
「先輩、殿村さんがこちらを見ています。挨拶に行きましょう。」
流石にこんな明らかな無視も宜しくない。俺が仲を取り持とうとした時、七緒が俺を遮って提案した。
確かに、気づけば殿村はこちらをじっと見ていた。
…遂にか…。
俺たちは腰を上げ殿村が座る奥の席へ向かった。
「殿村さん、お疲れ様です。私たちまでお呼び頂いて、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
部長に促され、俺もポツリと呟く。
「…いえ、こちらこそ、うちの小竹向の送別会にお越し頂きありがとうございます。」
どうやら仕事モードらしい。事務的で感情があまり乗っていない笑顔で、殿村は部長に挨拶した。
思ったより大丈夫そう。
「では、これで、」
「ちょっと良いでしょうか?」
「はい?」
はい?
部長が殿村にお酌をし、もう戻ろうかという所で殿村が俺達を呼び止めた。
「滝川さんに少し確認したい事がありまして…。」
「!」
「確認したいこと…?」
部長が首を傾げる。先日の事がある。俺は恐怖で身構えた。七緒も探るような目を殿村に向ける。
「はい。システムの事で少々。」
「あぁ‼︎それならどうぞどうぞ!滝川、しっかり説明して差し上げろよ。」
「…え。」
結局、俺は殿村の隣に取り残された。七緒がそんな俺と殿村をチラチラと見ながらも、席へ帰っていった。
「と、殿村さん、まだ、説明で足りないところがありました?」
「はい。あの、データ分析機能なんですが…」
「あ、はい。」
なんだ。警戒したが、割と真面目な質問だ。
殿村は相変わらずの感情が薄い態度で俺に話した。
「当該機能が活かせる主なシーンですが、主に2つありまして…」
「ふっ、碧くんのお仕事の話しいる姿好き。」
「は?」
俺が何事かと殿村を見ると、殿村は何処かうっとりとした顔で俺を見ていた。
急にキャラ変えるの本当やめて。
呆気に取られる俺を小さく笑い、殿村は小声で続けた。
「いつかこっそり会議室とかでもしたいよね!碧くんがプレゼンして俺がその碧くんに挿れるとか。いや、寧ろ、挿れられた感想を碧くんがプレゼンして…」
「しっ、システムの話はもう良いですか⁈」
何この人!真面目な顔してどんな変態プレイ想像してるの⁈
ていうか、挿れるって言った?やっぱり、いつかそうなるの…?
「ふっ、まだまだ足りませんよ、滝川さん。」
「…本当かよ。」
「それにほら、あんまり騒ぐと変な目で見られるよ。」
「…。」
確かに…。
俺は渋々と殿村の隣に座り直す。
「…いつもそんな事考えてあるんですか。」
「はは、やきもちとか可愛すぎるでしょ。大丈夫だよ。碧くんでしかそんな事考えてないから。」
嬉しくないんだが…。
「さっきは、向こうに座る碧くん見ながら、壮行会前にやって少しだけ碧くんの中に俺が出したの残しといて、俺の匂いを漂わせながらも溢さない様にと碧くんを頑張らせるプレイとか考えてたよ。」
「…ね、本当、そんな事まさかしないよな…?」
顔を引きつらせて恐る恐る聞く聞く俺に、殿村はにこりと笑った。
にこりって…。
先程、じっと俺を見ていた殿村を思い出し身震いする。
「殿村さん、お疲れ様です!NT社の矢野です。」
「あぁ、矢野さん。どうも、今日は来てくれてありがとう。」
助かった…。
矢野の登場に、殿村は変態の顔をスッと引っ込めた。
「殿村さん、どうですか、うちのシステム?良いでしょう?滝川さんのところのシステムよりも。」
意地悪く笑った矢野がチラリと俺をみて、殿村に言う。
出た出た。矢野の嫌なところ。
「そうだね…。まだ選定中だが、両社とも、中々良いシステムですね。」
しかし殿村の回答は至って冷静だ。矢野は殿村の回答に不満気な顔をした。
「そうですか…殿村さん、宜しければ、私、それの事でもお力添え出来ます。」
「…。」
矢野がくいっと顎で俺を指す。すると殿村と矢野、2人そろって俺をじっと見つめてくる。
な、何?なんで俺見るの?
2人の視線に嫌な含みを感じ、俺は何故か隅に追い詰められた小動物の如くビクつく。
「…君が一体どう協力出来るのかな?」
「昔からの腐れ縁なんです。大方、何でも知っていますよ。」
「ふーん?」
依然として淡白な反応の殿村に、ニコニコと爽やかな笑顔の矢野。2人は何やらチラチラと俺を見ながら、再びヒソヒソと続ける。
「そうですね、例えば、酒には案外弱くなく、飲んでも寝ることはありません。日常的な長残業により、恒常的に寝不足です。たらふく食べさせれば、23時以降は何処でも寝始めます。ただ、酒に酔うと異常に口が軽くなるので、話を聞き出す時はお勧めかと。」
「…それで?」
「流されやすく単純なので、誘導するのは容易いです。またご所望であれば、スマホのロック番号は、大方、1234か2525です。他にも習性や好み、色々承知していますよ。」
「なるほど。因みに、もしかして君がよからぬ事を考えている訳ではないのかな?」
「ははは、まさか。私は…。」
矢野がチラリと七緒をみた。それをみて殿村が頷く。
「なるほどね。確かに、君は優秀なようだね。また話を伺いたい。もっと詳しく。」
「はい。こちらこそ、是非。我が社のシステ共々、どうぞよろしくお願いしますね。」
よく聞こえなかったが、何かが成立したらしい。矢野が笑顔で差し出した手を、殿村がとり握手をしている。
不味い。ここまできて、矢野に持っていかれるなんて。
「と、殿村さん、その…うちのシステムの事も、追加説明はいつでも致しますので、御用の際は是非オフィスへご連絡下さいね。」
「……オフィスへ…ね。」
うっ。
冷血美人と言われるだけあって、仕事モードの殿村にじとりと見られると、瞳の鋭さにたじろいでしまう。
「はは、それより、ほら滝川、とろろきたぞ。」
「え?とろろ?」
急に俺の前にはとろろが置かれる。こんなの頼んでない。
「そこのうどん麺にかけて食べるんだ。作ってやるよ。」
「あ、ありがとう?」
そう言ってどろりと大量にとろろが、かけられたうどんを食べる俺を、また殿村がじっと見つめる。
「じゃ、次は…、よし露骨であれだが、ウィンナーだ。切らずに丸ごと食えよ。」
「は?ちょっ、なんで?」
「いいから。」
ぐぽっと口に突っ込まれる。
その後は、何故か次から次に何の脈絡もないものを、矢野に食べさせまくられた。客先の壮行会な上に断れない性格がたたり、腹がはち切れそうになりながらも俺は食べた。そんな俺を、殿村はどこかじっとりとした視線で見ていた。
…これは、もはやパワハラじゃないでし
ょうか…。
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