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第8話

「碧くん、シートベルト締めてね。音楽何かかける?」 「ううん。大丈夫。…。」 「?何?どうかした?」 「ううん…。」 「そう?じゃ、まずはご飯食べに行こっか。」 「…うん。」 なんでこんな平然としていられるんだ…。 あの後、俺は殿村の処理をさせられた。仰向けのまま上にのる殿村のものを無理矢理握らされた。最後には…顔面に…。 そりゃ、位置的にそうなる予感はしていたけどは、うぅ、思い出すと吐き気が襲ってくる。 事後、風呂に入ったとはいえ、顔面にかかるヌルついた感覚や青臭い匂いが頭から離れない。  ———— 「凄い!嬉しいっ!…でも、なんで?」 昼食も取って、連れて来られた場所で俺は驚きの声を上げた。連れてこられたのは、多摩地区にある世界一と名高いプラネタリウムだ。 「まぁ、いいじゃない。チケット買ってるし、予約の時間になっちゃっうから。早く入ろうよ!」 「あ、う…うん。」 実のところ俺はちょっとしたプラネタリウムオタクだ。ここはアクセスがあまり良くなくて中々来れなかったから、正直嬉しいサプライズだった。 結果、その日はかなり楽しかった。殿村の口の上手さにまた騙され、いつの間にかまた俺はにこにこと過ごしていた。 そして日が落ち始めた頃、俺たちは喫茶店でお茶を飲んでいた。 「だからね!あのプラネタリウムの機械はケイロンⅢって言うんだけど、1億4千万個以上の星が投影できて、その数なんと世界一!」 「へー!そうなの!世界一なんて凄いね!」 「だろ?だろ?凄いだろ?」 「うん。」 「加えて、あそこは珍しい事に、解説音声が吹き込みではなくて…」 俺の熱弁に殿村はニコニコと頷く。 あ、しまった…。 「ごめん…。つい、一人で熱くなって…。」 「ううん。聞いてて楽しいよ!俺だって知識欲はある方だから。純粋に面白いよ?何より、楽しそうな碧くんが可愛いしね。朝は散々だったけど、今日は楽しかったね。碧くん!」 「本当、朝が散々だったからな…でも、プラネタリウムは本当ありがとう!あ、これ。チケット代。」 「え?要らないよ。これくらいおごるから。」 「いいよ。」 殿村の車は高級車だったし、時計もハイブランド。あの大手企業の課長だし、金があるのは分かる。しかし、殿村に貸しを作るのは気が引ける。 「良くない。どうぞどうぞ。」 「はは、遠慮がちなところも可愛いな、碧くんは。でも本当、気にしないで。好きな人が笑顔で側にいてくやるだけで、俺は充分満たされるから。」 殿村は心底嬉しそうな顔で俺を見つめた。仕事中とは違い、瞳に人間味があり優しい。 「…。楓くん、俺たち、何処かで前に会った?」 「どうしたの急に?」 「ずっと考えてたんだけど、何でこんなに…その、楓くんは好きになると誰にでもこうなの?」 俺は疑うように、少し眉を潜めて尋ねた。 「ふふふ…。そんな事ないよ。碧くんは誰とも違う。碧は俺の特別。」 「……。」 殿村に言われると、正直そこまで嬉しくはないが…。 むず痒い。 「俺はね。碧くんに助けてもらったんだ。」 「?いつ?」 「前。俺が就活している時。ちょっと色々あって、あの頃はキツかった。何を食べても味気ないし、景色も白けてみえていた。」 「…そんな時が…。」 「うん。…それでね、疲れてコーヒーを飲もうと入った店でアルバイトの君を見たんだ。君が入れてくれたコーヒーは美味しかった。入れてもらった一杯のコーヒーが酷く美味かったよ。」 「…。」 確かに、学生時代に会社近くのカフェでバイトをしていた。何でも、頼まれたら断りきれない性格と、馬鹿真面目な性格で、そこそこのスキルまで身に付けていた。仕舞いには、そのカフェグループのバリスタ試験参加者に推されたりと、割と本格的な域に達していた。 「飲んだ瞬間に、パッと体に血が巡って生き返った気がしたんだ。そしてその後に外へ出たら、景色も違って見えたよ。」 「…。」 「その後、何回かカフェに通ってこっそり元気をもらって、就職して落ち着いたから会いに行こうとしていたんだよ。だけど、俺は就職後直ぐに海外転勤になっちゃって。」 「あぁ、海南物産、若手は皆海外行かせるよな…。」 「そう。で、たまたま碧くんにエレベーターで会えたのあの日は、まさに運命だと思ったよ。」 「…そんな、小っ恥ずかしい事を堂々と…。」 俺は辺りをキョロキョロと、恥ずかし気に見回した。当の本人は、そんな俺を見て可笑しそうに笑っている。 「あの時俺が助けて貰ったから、次は、何かあったら俺が助けたいな。俺は、碧くんがどんな時でも味方だよ。なんでも話してほしいし、悩みを聞いてあげたい。だから、何かあったら、絶対話してね。」 「…。」 「コンペの事は…流石に仕事だから、公平にしないとだけど。」 やはり、そこはだめなのか。 俺に殿村が「ごめんね」と釘を刺した。 「頼りにして…それで…、いつかは、俺の事好きになってね。」 「1ヶ月後には付き合うとか言っていたくせに、急にしおらしいな。」 「はは、そりゃ、碧くんと俺は運命の人だから、無理矢理でもなんでもくっつくべきだから。そもそも逃がさないし。」 「…。」 「…でも、本当は心が欲しいよ。碧くんの気持ちが欲しい。」 未だかつて、ここまで真っ直ぐに俺を見て、ありのまま感情を言ってくる人間はいなかった。戸惑う。 朝にはあんな事言われたのに…。 『どんな時でも味方だよ。』なんだそれ。ちょっと、嬉しいじゃないか…。 いやいや、絆されるな、俺。しっかりするんだ!

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