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第9話

《久しぶりー。滝川、彼女出来た?》 《できてない。なんだ急に。》 《紹介してやろうか?滝川って、東京駅職場でしょ?東京駅勤務の子だから、滝川良さそうって話なんだけど。》 「え。」 殿村から解放された平日の夜、大学の友達から連絡が来た。俺は眠気で半ば意識を飛ばしながらスマホを弄っていたが、思わず飛び起きた。 《紹介、是非して下さい。》 《必死かw 分かった。連絡しとく。》 やったー!……やった? 衝動のままに返信をして、そこではたと我に帰った。 …いいの? 俺の最近は、今日は殿村から解放される僅か少ないフリーの日だが、それ以外は殿村によって開発される日々だ。 下の毛は未だほぼない。 おまけに殿村と際どい行為は結構している。というか、強要されている。 こんな俺が女の子と再び付き合えるのか? あとこれ、殿村にバレたら俺、殺されないかこれ? ……ごくり ブーブー 「うわぁ…」 《碧くん、もう家^_^?》 「噂をすれば…。」 殿村だ。というか、最近俺のスマホは8割、殿村からのメッセージで震えている。 《丁度今、風呂中かな〜?》 《今度、一緒に入ろうね(╹◡╹)♡》 《返事ないなぁー。もう寝ちゃったのかな…》 《でも、メッセージ、既読付いてるね(^^)?》 「…ぅ……家だよ。もう寝るところ。…っと……。」 また呆気なく、俺は殿村の無言の圧に負けてせかせかと返信をする。 《そっか。お休み〜(^^)》 「…はぁ…。」 メッセージが来たら無視しない。ちゃんと読む。読んだら一言でも返事する。よせば良いのに、俺は律儀に殿村の言いつけを守っている。 これが1番の問題だ。何というか…俺は精神的に、結構殿村に調教されてしまっている。気がする。 こんな俺が…。女の子ととか、笑うな。 しかし俺は臭いものには蓋をする性格だ。 「滝川くんだよね?私、宇野です。初めまして!」 結局、俺はその週末には紹介された子とちゃっかり会っていた。殿村にと誘われたが、先約があると断った。 「お昼にはまだ早いけど、どっかお店入る?何処か行きたい所ある?」 「えっと、私行きたいベーカリーのカフェあるんです。」 「じゃぁ、そこに行こうか。」 紹介された宇野ちゃんは、俺と同い年。ボブが似合っている、可愛い子だった。カフェに向かう途中話すが、話もしやすいし中々いい感じだ。 「宇野さんも東京駅勤務なんだよね?」 「そうなんです。滝川くんもだよね?」 「うん。そう。」 「じゃ、きっと何処かで会っていたのかもだよね。」 「そうだね。」 可愛い事言うなぁ…。 お互いニコニコと会話が弾み、並んで歩いた。 「あ、あそこのカフェです。」 カフェに入ると、まだ昼前だと言うのに割と賑わっていた。 「すみません、少々混んでいるので、大テーブルの席でも良いですか?」 店員に通されたのは、大きな四角いテーブルの角の席だった。ゆっくり話したいので正直微妙な席だが、角の席だし、反対隣はひと席開けてある。なにより宇野ちゃんが行きたいと言う店に来たのだから、帰るわけにも行かない。 俺たちは買ったパンとコーヒーを手にその席へ座った。 「私、海南物産に勤めているんですけど、滝川くんの会社って同じビ…」 「え!」 「え?」 その名前さトラウマを思い出す。大袈裟に反応してしまった。 「あ、いや、ごめん。何でもないよ。丁度今、海南物産さんと一緒に仕事しているから、反応しちゃった…。」 「そうなんだ〜。…て、あ、課長!偶然ですね!」 宇野ちゃんは急に前方を見て、驚いた声を上げた。ばさりと新聞を置く音がして、俺も前に視線を向けた。 「……。」 ポロリと、俺の手からサンドイッチが転がり落ちた。 「偶然だね、宇野さん。デートかな?」 目の前には事務的に笑う殿村がいた。 「はは、課長、デートだなんて…。ふふっ、まぁ、そんなものです。ふふっ…。」 「そうなの?」 あ、わ…わわわわわわわ…‼︎ はははと、笑う宇野ちゃんと殿村。仕事モードとはいえ、流石に殿村は女の子には愛想笑いもするらしい。俺はその横で1人固まる。 「滝川くん、急にごめんね。こちら、私の隣の課の課長さんで、殿村さんという方なんだ。」 「…あ……うん!知ってる!俺も知ってるよ。殿村さんね!今、うちの会社との案件で一緒に仕事しているんだ。殿村さん。そう。うんうん!知ってる。」 「そうなんだ!まさか、殿村さんと仕事していたんだ。」 「そうそう。」 焦って早口になる俺を、ビジネスモードだからなのか、怒りからか、殿村は冷たい目で見る。 …きっと怒りからだ。 「でもさすが、課長…。休日もお仕事ですか?」 「そうだね。私はデートを断られたので。」 「…。」 「えぇ!課長にもそんな人が…!」 「そうだね。断られたけど、ね。」 「…。」 「ね」と殿村は俺を見つめる。 笑顔が怖い。漫画だったら、さしずめ、笑顔に怒りマークが付いた描写となるのだろう。 「それ、社内に知られたら大騒動ですね!課長、実は凄い人気なんですから!」 「あ、そ…、た、確かに!殿村さんってかっこいいですよね!お若いのに課長までされて!」 「…。」 よし。これで行こう。俺は一生懸命に殿村に媚を売る。しかし殿村は未だ、冷たい視線で俺を見下ろしていた。 「そうそう!やっぱり他社にまで噂になってるんだ!課長ってすごいんだよ、滝川くん。歴代最年少での課長昇進だし、社内でもモテモテなんだよ。私も、殿村さんの下で働きたかったです。」 「はは、そんな事はないでしょ。」 よし、宇野ちゃんも殿村をべた褒めで、ちょっといい感じ? 「い、いえいえ、そんな事ありますよ!殿村さんは凄いと、うちの七緒も…」 「七緒?」 あ…。不味い。 七緒は殿村に地雷だった。 「う、うちでも、有名ですから!」 「そう?滝川くんは?どう?」 「勿論、尊敬しています!カッコいいし仕事が出来る殿村さんみたいになりたいです!」 「ははは、そう?嬉しいな。」 あ、持ち直したか? 「あ、クロワッサンの焼きたて出てきた!滝川くん、ちょっと待っててね!買ってくる。」 「あ、ちょっ」 宇野さんはバタバタと席を離れた。 「…。」 「…っ!」 俺が恐る恐る殿村を振り返ると、殿村は不満気に俺を見下ろしていた冷たい顔から、急にいつものニコニコ笑顔になる。その変化に俺は露骨にビビってしまった。 笑顔怖すぎだろ…。

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