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THUGUHARU
こいつ。
絶対邪魔しに来ただろう。
覗き穴を確認した瞬間に
そんな言葉が、頭を過ぎった。
蕎麦は美味かった。
差し入れは、ありがたかった。
でも
食い終わって、後片付けが済んだんなら
帰れ―――――!!!
‥‥なんて
そんな事言えるハズも無く
大人しく作業を再開しようと、立ち上がるべく膝に手を置いたその時。
「くたびっちゃべ ?
オレも手伝っでやっから」
思いもよらない言葉が飛んで来た。
「なッ」
なんだって!?
これ以上まだ居座る気か!?
瞬間、睨みそうになって
「本当!?
助かる~~」
凪さんの言葉に遮られる。
マジか
ショック‥‥と言うと大袈裟だが、凪さんがコイツに対して、こんなにもオープンなのが
そんな姿を目の前で見せ付けられるのが、辛い。
そりゃ出会って間もない俺と、幼い頃から一緒だったコイツが同等な訳は無いし、
二人の間にある歴史、みたいな。
絆、みたいな物が深いのも分かる気はする。
でも
二人の前に居ると、俺だけが置いて行かれてる気分になってしまう。
この、妙な疎外感が、どうしても自分の内側から溢れて来てしまう。
いやいや。弱気になってどうする。
そんなの、分かりきっていた事じゃないか。
それでもコイツに勝つと
凪さんの気持ちを、自分に向けると
闘う意思を固めたじゃないか。
自分にそう言い聞かせて
「じゃぁ
お願いします」
せめて冷静にと、そう言葉にした。
みちさんが加わった事によって、作業は本当に、大幅に進んだ。
見た目ゴリラなだけあって相当の力持ちで、家具の配置まですっかり決まってしまった。
お陰で今日からもう、俺達は別々の部屋だ。
そうか。コイツはこれを狙ってたのか。
そう気付いた時には、時すでに遅し、だ。
「だいぶ落着いたんじゃない?
みんな疲れたでしょ。
今日はこの辺で終わりにしようか」
凪さんの一言で、みんな手を止める。
「ですね~
みちさん、今日はありがとうございました」
心に中で、言葉とは反対に『もう帰れ』と思いながら帰宅を促す。
「あぁ」
俺には短く返事を返して
「凪。本当に大丈夫が?
困ったらいづでも頼って来いよ?」
不必要なほど近くに寄って、身を屈めるように見下ろしながら、凪さんを気遣う。
本当、一挙手一投足がハラ立つ。
「あぁうん。
分かった。ありがとう」
凪さんがそう答えて、ようやくみちさんは玄関へと向かう。
「ほんじゃ。
おやすみ」
名残惜しそうに玄関のドアを開けると、渋々帰って行った。
「ふう。」
思わず出た溜息に、凪さんが笑う。
「なんか、煽られたね。
まぁお陰で捗 ったけど」
ゴキゴキと肩を回して、凪さんも息を吐く。
「小腹減らない?」
時間はもう21時。
夕食を食べてからだいぶ時間が経っていた。
しかもあれから休憩ナシだ。
「だね~
‥‥でも疲れたから何も作りたくない~~」
疲れも手伝って、つい甘えた言葉が口を吐いて出てしまう。
「だよね~俺も~」
言いながら、それでもキッチンへ向かって、戸棚をごそごそ探している。
そういえば昼間買っておいたカップラーメンがあったのを思い出した。
「カップラーメンで良ぃ?」
案の定、お伺いを立ててくれたので
「うん。それで」
端的に返答して、座布団を二枚並べて、その上に大の字に倒れ込む。
「明日も休みにしといて良かった~~」
溢れた本音をキッチンで拾ってくれた凪さんが
「まさか、こんな詰め込むとは、予想外だったしね」
ヤカンを火に掛け、また笑った。
疲れとホッとしたのとで、ウトウトしかけて慌てて起き上がる。
と。目の前には出来上がったカップラーメン。
「あれ」
俺、マジで数分間寝てしまっていたようだ。
「おぉ。凄い。時間測ったように起きた」
瞬時にそう反応してから、やっぱり笑う凪さん。
こんなに沢山笑う人だったのか。と、新しい発見をして、嬉しさに胸の奥がムズムズする。
「ごめん。
寝ちゃってた?」
一応謝って
「ぉん。一瞬ね」
またニコニコ笑って、そうやって簡単に俺を許してくれる、凪さんに甘える。
TVを点けて出来立てのラーメンを啜りながら笑い合って
なんかもう、それだけで胸がいっぱいになる。
『幸せ』って、こういうのを、言うんだろうなぁ‥‥
ぼんやりそんな事を思いながら、凪さんの綺麗な横顔を眺めた。
「嗣治くんさー」
ふと振り返られて、見つめていたのがバレたのかと一瞬焦る。
「お風呂どうする?先が良い?後が良い?」
「え。あ。じゃ、後で」
反射的に答えると
「ん。じゃあ俺、先に風呂いただくねー」
そう言って入れたばかりのクローゼットから着替えを取って、風呂場に向かった。
そこで気付く。
あれ?いつの間にお湯張った?
「マジか」
あの、一瞬のうたた寝のタイミングしか思い当たらない。
「俺さいてー」
自分で勝手に落ち込んで、明日は俺が湯を張ろう。と、妙な決意をした。
そうだ。と思い立って、立ち上がる。
せめて布団くらい敷いといてあげよう。
みちさんのお陰で 部屋割りは済んでいたので、6畳の方の凪さんの部屋へ入り、布団を敷く。
「あ」
ふわり、と、凪さんの匂いが宙に舞った。
危うく掛け布団を抱き締めそうになって、自分を宥 めてその感情を抑え込む。
危ない危ない。凪さんの前で醜態 を晒す所だった。
ホッと胸を撫で下ろした所に、凪さんが戻って来る。
「あれ。布団敷いててくれたんだ。
ありがとーぅ」
背後からの言葉に
「いえ。どういたしまし‥‥」
振り返って、硬直。
ナニコノ『水も滴る良い男』感。
いや、良い男、ってより、エロい男っつーか‥‥
Tシャツにハーフパンツ姿ではあるが、それでも尚、隠しきれない凪さんの魅力。
上気してピンクになった顔も体も、洗髪してぺたんこになった髪も
全部が色っぽくて。
しかもそれが全部、惜しげも無く晒されている。
これ、が、毎日目の前に‥‥?
そう考えて、自分の理性がどのくらい保つのか。
『後々信用を得る』なんて考えていた“自信”が、音を立てて崩れて行くのが自分でも分かった。
今だって。
実はもう、ちょっと立てない状況になっている。
違う所が勃ってるおかげで。
自分で思って、ちょっと涙目だ。
「嗣治くん?」
あんまりガン見してしまっていたせいか、凪さんが首を傾げる。
「あ。や。じゃ、俺、次風呂入ってキマス!」
前かがみで自分の部屋へダッシュして、適当に着替えを掴んで風呂場に逃げ込んだ。
「はあぁぁぁぁ‥‥」
深く溜息を吐く。
俺、マジで保つんだろうか‥‥
いや、もう保たない自信しか無い。
それでもせめて、なるべく我慢するしか無い。と思い直し、服を脱いで浴室に入ると
「これ」
室内に広がるさっき嗅いだばかりの香り。
凪さん、の‥‥
目眩を起こし掛けて、それでも何とか持ち直してから、下半身だけサッと洗い湯船に浸かる。
さっきまで凪さんが浸かっていたお湯に‥‥
「いやマズイって!!」
一人叫んで、湯船から出ると、湯温を『0』に合わせて冷水のシャワーを頭から浴びる。
予定外の事が。予想外の事が。こんなにも紛れているなんて。
スウィートな生活が送れると思っていた自分の甘さに愕然 とする。
スウィートはスウィートでも、これは地獄だ。
まさか自分の性欲との闘いが待っているなんて想像もしていなかった俺は、とりあえず治まるまで股間に冷水を当て続けた。
「ヘブシ!」
風呂から上がって、自分の布団を敷きながら変なクシャミをしたせいで、凪さんに要らぬ心配を掛けてしまった。
「嗣治くん風邪?
薬‥‥ っても、まだ出してなかったから‥‥
うわぁ、どこやったかな?」
未開封のダンボールを探そうとしてくれる凪さんに申し訳なさで身が縮まる。
「いや。マジで大丈夫なんで!
多分寝れば治るから。俺、こう見えて頑丈だし」
事実、風邪なんて滅多に引いた事がない。
だからこそ、今の仕事が続けられるのだろう。
「本当に?」
心配そうに覗き込んで来る凪さんを、マジで抱き締めたくて死にそうだったけど、両肩に手を置く程度で我慢する。
「マジマジ。
ほら、明日もやる事沢山あるでしょ?
今日はもう寝よぅ?」
そう言い聞かせて、お互いの部屋に分かれて行く。
「明日辛かったら、無理しなくて良いからね
‥‥おやすみ」
「大丈夫だって。また明日。
おやすみ‥‥」
好きな人に『おやすみ』を言える幸せ。
『おやすみ』が帰って来る幸せを、じわじわ噛み締めながら、電気を消すと布団に入る。
「はぁ」
また溜息を吐いてしまったのは、目を閉じると凪さんの顔が浮かんでしまうから。
だって今さっきまで、見つめていたんだもんよ。
目の前で、あんなに色気のある凪さんが俺を見てんだもんよ。
そりゃ残像も残るわなぁ‥‥
なんならもう、諦めみたいな気持ちになって、頭から布団を被ると、全身から漂うのは、凪さんと同じ石鹸の匂い。
『本当に一緒に暮らしてんだなぁ』なんて改めて実感して、布団から首を出したら、微かに凪さんの呼吸音が聞こえる気がした。
襖 一枚隔てた隣の部屋に、好きな人が寝ている。
きっと、寝顔も可愛いんだろうなぁ‥‥
そんな想像をしていたら、凪さんの寝息が聞こえ始めた。
今日は中々にハードな一日だったから、疲れもあったのだろう。
寝付く早さに笑みが溢れる。
と
「ん‥‥」
寝返りをしたのか、吐息に似た声が聞こえてしまった。
凪さん、エッチの時もこんな声出すんだろうか‥‥
そんな事を思ってしまったが最後。
折角沈めた息子が、一気に目覚めて元気になってしまった。
『あぁぁぁぁあ』
心の中で息子に幻滅して。同情して。
今度ばかりは諦めて、1回抜いてしまおうと決めた。
なるべく声を抑えようと再び布団を被れば、凪さんとお揃いの匂いが、その行為を後押ししてくれる。
トランクスの中に手を入れて、元気なソイツに柔 く触れる。
裏スジを指先でなぞり上げて、先端のカリ部分を握り込んで、数回擦り上げれば先走りが零れて来る。
ソレを手の平に擦り付けるように、先端を手の平で撫で付けて、その手で全体を握り込んで上下すれば、ヌチャヌチャと水音を響かせ始める。
「ん。ッ」
ジワジワ来る快楽に、更に想像を加えようと目を閉じ、凪さんの姿を思い起す。
濡れた髪を伝い落ちる雫が、首筋を辿ってTシャツの中へ消えて行った。
ソレを、想像で追い掛ける。
鎖骨を滑り、まだ見ぬ胸の突起へと辿り着けば、ねっとりとソコへ絡み付く。
『ゃ。ン』
ピクリと反応し、ツンと勃つ凪さんの乳首。
視線を上げれば上気した頬と、濡れた口唇‥‥
あぁ‥‥、むしゃぶり付きたい‥‥
思わず舌舐めずりをする。
「凪さ‥‥。ン」
凪さんの温もりを思い出す。
この手に抱きしめた、俺の腕の中に、確かに居た、あの日。
泣き崩れた凪さんの泣き顔にも、ソソる物があった。
出来る事なら、涙を舐め取ってあげたかった。
泣いてしゃくり上げて、上昇する体温。
抱き合う事で触れ合う胸元や、腹部や太ももや、凪さんの腕がしがみついていた背中や‥‥
重なった箇所が汗でしっとりして、更に密着度が増したような錯覚を覚えた。
泣きながら体重を乗せられて、次第に押し倒される形になって。
そして泣き疲れて眠ってしまった凪さんの、涙に濡れた寝顔。
「な ぎ‥‥」
胸の上で眠ってしまったから、よく見えなかったけれど、上から見ても長いと思った綺麗な睫毛が、印象的だった。
あの時から
凪さんの体温が、抱きしめた肌の柔らかさが、俺の中から消えてくれなかった。
もっと触れたいと、もっと会いたいと。
想いが溢れて止まらなくなった。
「凪‥‥ッ」
また
あの時溢れた言葉が口を吐く。
「あい し てるッ‥‥」
その言葉が引き金のように、イキそうになって慌てて枕元のティッシュに手を伸ばし、数枚抜き取るとその塊の中に放出した。
心地よい脱力感に、すぐに睡魔が襲って来る。
その睡魔と闘いながら、辛うじてゴミ箱にティッシュを投げ込む事には成功した。
翌日。
良い匂いに目を覚ます。
こんな目の覚まし方は、初めてだった。
身を起こすと、目の前に凪さんの背中が映る。
朝イチに目に入るのが凪さんの姿だなんて、なんて幸せな目覚めなんだろう。
「凪さん、おぁよー」
上半身を起こして、寝ぼけた頭で挨拶する。
「あ。起きた。
おはよー」
振り返りつつ
「身体の調子はどう?
大丈夫?」
そう問われて、昨日の事を思い出す。
「あ。そうだった
全然元気。大丈夫だって言ったでしょ」
言いながら布団から出ようとして、自分の朝勃ちを目撃する。
『ですよねー』
なんて心で呟いて、布団を畳むより先にコッソリ、トイレへと向かった。
朝から凪さんの手料理を食べられる幸せを噛み締めながら朝食を食べて、食休みをしてから昨日の続きを始める。
と言っても、昨日のうちにだいぶ進めていたから、午前中には終わってしまった。
午後には足りない物や食材を買い出しに出掛けて、それでも時間が出来たので、新しく働く職場に挨拶に出掛けた。
訛りが酷くて何度も聞き返してしまったが、みんな良い人ばかりで、精一杯頑張ろうと思えた。
あとは毎日の凪さんの色気と、どう闘って行くのかが、今後の俺の課題になりそうだ。
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