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凪
犯される!
その焦りはずっとあった。
なのに身体が、言う事を利いてくれなかったのだ。
みっちゃんは、いつもそうだ。
俺の気持ちなんかお構いなしに、自分の気持ちだけをグイグイ押し付けて、自分のしたい事をしたい様にする。
だから時々、みっちゃんが何を言わんとしているのか、何が不服なのか、分からない事が多い。
今だって。
ふとした言葉に過剰に反応して、こうやって暴走する。
いや。みっちゃんの好意は、なんとなく分かっていた。
でなきゃコンナコトする訳ないし、男同士なのに勃たないし。
でも、俺にとってみっちゃんはみっちゃんで、ただの幼馴染で。
それ以上でもそれ以下でも無かった。
高校の頃、振られたショックでヤケクソになって、一度関係を持ってしまったけれど、それも俺にとってはただの成り行きで。
みっちゃんには申し訳無いけど、オナニーの延長みたいな感覚だった。
その当時の、まるでみっちゃんを利用したみたいな罪悪感も手伝って、強く抵抗が出来ない自分が居たのも事実で‥‥
かと言って、好きな人が出来た今の状況で、みっちゃんとスル気は全く無い訳で。
どうにか逃げるタイミングは無いものかと、ずっと様子を伺っていた。
下手に抵抗しても、このガタイの差を見れば傷付くのは俺の方で、その怖さもあって大人しくしていたのだが
「ン。 あぁ ン」
ご無沙汰、ってか、アレから全くシテなかったのが仇になっている、今のこの状況。
みっちゃん。上手すぎる‥‥ッ
一度イカされてるのに、休む間もなく快感を与え続けられる。
「ぁ や はァ ああン」
このままだと、マズイ よぉゥ
逃げられないよう拘束されてるくせに、うっとりと快感に酔いしれてるバカな俺。
自分に幻滅して、涙が溢れた。
と、抜き差ししていた指が抜かれる。
「ふ ゥ」
途絶えた快楽に、自分を取り戻す事が出来た、と安堵した瞬間
のしッ。と、みっちゃんが体重を乗せて覆い被さって来る。
挿れられるのか!?
瞬間焦って、腰を引くのと同時に、目の前にみっちゃんの顔が現れる。
「凪
すぎだ」
そう呟くと顔が近付き、口唇を奪われる。
深く差し込まれる舌に、また快感を感じながらも、みっちゃんには申し訳ないけれど
『ここしかない!』
と、差し込まれた舌に強く歯を立てた。
「!!ッてッ!!」
怯 んで上半身を上げたみっちゃんの股の間から両足を引き抜いて、一度身を縮めてから腹を目掛けて蹴りを入れる。
「う゛ッ」
呻き声を上げながら転がって、壁にぶつかるみっちゃんに
「みっちゃん。ごめん!」
今更だけど謝罪の言葉を告げた。
拘束。と言っても所詮、中途半端に脱がされた服だ。
それを頭から被り直して、せめて露出を減らす。
散々攻め立てられたので立ち上がれない情けなさはあったけれど、
「俺。みっちゃんの気持ちには応えられない!」
大事な言葉はハッキリ伝えなければと、それだけ言葉にする。
きっと、もっと早く言ってやれれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
こんな風に、大事な人を傷付ける事は無かったかもしれない。
そう思う反面、もし今、俺に好きな人が居なかったら?
嗣治くんに出会う事無く、地元に帰って来ていたら?
このまま流されて、またセックスしていたんじゃなかろうかと
自分の中の卑劣 さに気付いて、吐き気を催した。
「なして ‥‥」
初めて見る、みっちゃんの泣きそうな顔。
年上で、頭が良くてしっかりしてて優しくて。
それが、俺の知ってるみっちゃんの姿。
「こだに 、すぎなのに」
あの、でっかいみっちゃんが、小さく蹲 る。
「俺の事、だいすぎっで、ゆっでだべした 」
俺に、見られないようにか、膝を抱えて俯く。
震える声は、泣いてるのを意味した。
「みっちゃんの事はすきだよ?
大事な人だと思ってるよ?」
「したらば 「でもね」
一瞬上げかけた顔が、俺が間髪を入れず言葉を遮 った事で、途中で止まる。
「それは幼馴染としてだよ。
みっちゃんの事は、それ以上には
見れない」
自分で言った言葉に、自分で傷付く。
みっちゃんの事を、知っているつもりで、何も知らなかったんだなぁと
改めて気付かされた。
これは、幼馴染だからこその
“甘え”
だったのかも、しれない。
みっちゃんもきっと。
もしかしたらこれは、お互い
『擬似恋愛』を
していたのではなかろうかと
思わずにはいられなかった。
「俺。
ここ、出て行くね
その方がきっと良いんじゃないかな?
お互いの為に」
初めから、そうすれば良かったのだ。
みっちゃんの好意に甘えた
この痛みは俺への、罰なのだ。
「‥‥‥わがった‥‥」
みっちゃんも納得してくれたのか、
そう、返事をしてくれた。
「その前に」
蹲 った姿勢のままで、顔だけを上げる。
涙はもう、流してはいなかった。
「ちゃんと聞がしでくんつぇ 」
「え?」
「アイヅを
心がら愛しでんのが?」
唐突の質問に、カッと全身が熱くなる。
この答えを、本人より先にみっちゃんに伝えるのか。
順番が違うけれど、それも自分の撒 いた種。
俺の、中途半端な態度の結末が、これなのだ。
思いつつも、まるで決意表明でもするかのように
「うん。
俺が愛してるのは、
嗣治くん だけだよ」
そう、伝えた。
「 ‥‥ほが 」
しばらく俺の顔をジッと見てから、
ふっ。と
いつものみっちゃんの、優しい表情に戻る。
「幸せん
なりっせよ 」
みっちゃんの精一杯の強がりが、その言葉に詰まっている気がした。
「うん」
ちょっと涙目になりながら、でもお互い下半身フルチンなのを思い出して、笑い合った。
普通に。
昔みたいに。
幼馴染として。
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みっちゃんが帰った後。
汚れた下着を軽く手洗いして洗濯機に入れ、脱いだついでにとシャワーを浴びる。
正直、中途半端に煽 られた身体を持て余してもいた。
熱く疼いて、妙に敏感になる自分が居る。
時間は17時。
いつも嗣治くんが帰ってくるのは19時。
でも、もし時間指定の荷物がある場合は、もう少し遅かったりする。
なので夕飯の支度は18時から始めるのが常だった。
「1時間‥‥
あるよね」
誰に言うでもなく呟いて
浴室マットの上に仰向けになる。
左足を胸元まで抱え上げて、右手を窪みまで最短距離で伸ばして行く。
散々弄 られたソコは、すっかり柔らかく解れていて、すんなりと指を根元まで咥え込んだ。
「ン。あン」
ニュプニュプと数回繰り返し抜き差ししてみるものの、出来上がっている身体には1本の指では物足りなく、すぐに3本に増やして行く。
「あ あ ああッ はァッ ンッ」
イヤラシイ音とイヤラシイ声が、浴室と言う特性を存分に発揮させ、大きく反響させては鼓膜を振わせた。
それがまた自身を煽って、グングンと昇り詰める。
堪らず自分の左足を解くと、開放された左手で自身を握り込み、上下に激しく扱き始めた。
「はぅ ンッ。つ ぐ はるゥゥゥ」
足をピンと張って、愛しい人の名を言葉にすれば、簡単に絶頂を迎えられる。
脱力したまま、しばらく余韻に浸って呼吸を整えると、後処理をして当初の目的通りシャワーで汗を流す。
色んな意味でさっぱりして浴室を出れば、アッという間に30分が過ぎている。
倦怠感 を引き摺 ったまま、のろのろといつもの日課の通り、部屋の隅に畳んである嗣治くんの布団の上に両腕を広げてダイブ。
「すぅ~」
鼻から息を吸えば、嗣治くんの匂い。
「はぁ。」
落ち着く‥‥
と同時に、妙に恋しくなって布団の上の枕を抱き締める。
ごろりと仰向けになると、足を投げ出して目を閉じた。
何の相談も無く『出て行く』なんて決めてしまったけれど、よく考えたら契約者は嗣治くんで。
みっちゃんとの関係を拗 らせてしまったのは俺で。
だったら、俺だけが出て行けば良いだけの話なんじゃないか?
と、考え付く。
そもそも嗣治くんと一緒に住む事になったキッカケだって、『嗣治くんがこの土地に慣れるまで』じゃなかったか?
あれからもう半年が経っていて。
なのに俺はこの半年、ロクに就活すらしていない。
まただ。
また。俺は、俺に良くしてくれる優しい人に、ただただ甘えて寄り掛かって居ただけなんだ。
全く成長なんかしていないのだ。
こうなった今。
もしかして、今が『自立』のタイミングなんじゃないだろうか?と、考えを巡らす。
そうだ。嗣治くんにだって、いつ、俺の気持ちがバレてしまうか分からない。
俺だって、嗣治くんと一緒に居れて幸せに想う気持ちと、それと同じくらいに、嗣治くんに触れられない辛さとが常に共存しているのだ。
もし何かの拍子に、その想いが暴走して、嗣治くんに嫌われてしまったら‥‥
恐ろしくて、その先は想像もしたくない。
その恐怖を分散させるかのように、抱いている枕に力を込める。
そうなる前に、今のこの関係を壊す前に、出て行った方が良いんじゃないのか?
あれだけ大見栄を切ってみっちゃんには決意表明したけれど、それを今、このタイミングで伝えるには、まだまだ勇気も自信も、全く足りていなかった。
その勇気と自信を手に入れるためにも、ここを出て行くべきだ。
と心を決めると、夕飯の支度をするべく立ち上がり、名残惜しい気持ちを振り払いながら、枕を元の位置に戻した。
夕飯の支度を終えた頃、玄関ドアから「ガチャ」と音が響く。
『ドアホンを鳴らすと凪さんが手間だから』と、いつも合鍵で開けて入ってくれるので、ドアの方に顔を向けて入室を待つ。
いつも通りの時間に帰宅した嗣治くんが、「ただいまー」と言いながら帰って来る。
「おかえりー」
そう答えながら、帰ったらすぐご飯にする嗣治くんのリズムに合わせて、テーブルに夕飯の支度を進めて行く。
「お。今日も美味そうだねぇ」
嬉しそうな笑顔を向けて食卓を覗いてから、ブルゾンを脱いでハンガーに掛けに行く。
お揃いで買ったハーフパンツに履き替えてから戻って来て、胡座をかいて座った。
「いっただっきまーす」
にこにこと箸を進める嗣治くんに、今日の事をどう伝えたものかと考え倦 ねながら、自分も箸を付けて行く。
のろのろ進める箸に、嗣治くんが鋭く気付いたのだろう
「凪さん。今日 変だよ?」
首を傾げながら尋ねられて、一瞬躊躇 してしまう。
「ん?うん
食事終わったらね」
なんとかそう答えるのでいっぱいいっぱいで、ぼとんど考えが纏 まらないまま、食事を終えてしまった。
後片付けを手伝ってくれる嗣治くんの背中を眺めながら、改めて
『やっぱり離れたくない』
なんて、優柔不断な自分も顔を出す。
本当、どうしたいんだ。俺は。
「で?
何かあった?」
再び胡座をかきながら、テーブルの真正面に座る嗣治くんに話を促される。
「ん~~?
うん‥‥」
ハッキリしない俺の言葉を、黙って待ってくれる優しさに、胸を痛める。
「えっと。」
纏まらないままでも、とにかく言葉を繋ぐ事にした。
「ここに来て、一緒に住んで、半年になるじゃん?」
「うん。だね?」
「んで、初めに俺が『田舎に帰る』って言った時に、嗣治くん『この土地に慣れるまで、家事全般を手伝って欲しい』ってニュアンスで、同居始めたじゃない」
「え。 んッ?
そうだった っけ?」
あれ。違ったっけ?
でも多分、そんなだった気が?
怪訝 そうに首を傾げている嗣治くんをそのままに、とりあえず話を進める。
「で、嗣治くんもそろそろこの土地にも慣れて来ただろうから さ」
伝えたくない言葉に、つい、言い淀 む。
「俺。そろそろここを出て、自立 しようかと
思うんだけど」
本位じゃない言葉に、自然と視線も下がり、嗣治くんの顔が見れない。
否、見ちゃうと、言えなくなるからだ。
自分で気付いて、益々俯いてしまった。
「う ‥‥そ」
声で、ショックを受けているのが分かる。
少しでも『もっと一緒に居たかった』とか『残念』とか『寂しい』とか
思ってくれてたなら、嬉しい な。
ちょっと涙目になっていたら、俯いた視線の端で、影が動く。
ズリズリと俺の隣に移動して来た嗣治くんが、俺の両肩を掴んで、向き合うように身体を捻 らせる。
それから俺の両手を強く握り締めて、下から顔を覗き込んで来た。
「凪さん
自分に嘘吐 いてない?」
「嘘なんて」
言い訳しようとして
「だったらなんで、俺の目を見て話せないの?」
「ッ」
言い訳出来ない正論をぶつけられる。
「ほら。
やっぱり」
嗣治くんは、どうしてこんなに俺の事が分かってしまうんだろう?
「俺。凪さんの事、いつも見てるから
何でも分かるんだよね」
へへ。なんて笑い声を上げるから つい
「何でも
じゃない」
口を吐いて出てしまう本音。
「嗣治くんは
俺の、本当の気持ちなんか
何にも分かってない」
手の温もりが温かいから
俺の、隠していた本音を、
凍らせて誤魔化していた気持ちを
溶かしてしまう。
傷付きたくなんか
ないのに。
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