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そこに月が浮かんでいた。
黄金色した瞳が一つ。夜闇にぎらつく光の色に見惚れ、一瞬息をするのも忘れた。
こんなに綺麗なものが人の眼球に在るのか。
片目は傷で塞がっているようだが、それが却って、夜空に一つしかない月を連想させる。煌々と輝いて人を誘う満月の色だ。
呆然。放心。空白になった体のど真ん中に強烈な衝動が沸き起こる。
(俺はこれが欲しい)
それは、生まれてこの方感じたことのない類の欲望だった。同時に、逃したら後悔するぞと直感が動く。こういう時の勘は大体当たるのだ。
男の顔を改めて観察する。瞳にばかり気を取られていたが、顔立ちも中々の男前だ。歳は四十路くらいだろうか。彫りが深く、異国情緒とどっしりした落ち着きを感じさせる。
ただ、今はどうも目の焦点が合っていない様子。はっきり意識が戻った訳ではないのだろう。俺の姿も認識していなさそうで、手元にきたものを反射で掴んだだけかもしれない。
「まあ、お持ち帰りするなら好都合ですね……っと、うわ重っ!?しかもでかい!」
そうと決まれば男を抱えて肩に担ごうとするも、大岩のように逞しく大きな体は、見た目より更に重かった。筋肉の密度の所為だろうか。成人男性の標準に若干満たない俺の膂力では担いで持ち帰るなんて無理だ。
荷物として運ぶのは諦めて、肩を貸す格好で男を立たせてみる。それでも大分苦しいが仕方ない。重い一歩を踏み出せば、男も多少足は動くようで、ふらふらと前に進んでくれる。
「あー重い、冷たい、そんでもって臭い。お兄さん……っていうかおじさんですね。おじさん、貸し一つですからね」
ついさっきまで男を見捨てる気満々だったことや、こうして肩を貸しているのも自分の欲望の為だということは棚に上げて。俺は早速自分の判断を呪いつつ、えっちらおっちら、千鳥足のフラミンゴみたいな足取りで雨の中を歩いていった。
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