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 ようやく家にたどり着く頃には、雨は弱まり、東の空が薄らと白んでいた。  街の隅っこに佇むうらぶれたアパートが俺の塒だ。荒れた見た目の通り住人も殆どいない。よって、明け方だろうが気にせず玄関扉を蹴り開け、俺は大きな荷物と共に帰宅を果たした。  背後で鉄扉が締まったのを確かめて、後ろ手に鍵を閉めながら乱雑に靴を脱ぐ。すっかりびしょ濡れの靴下もついでに脱ぎ捨てた。後で掃除するときにでも拾えばいいや。そうして、男を連れて向かうのはささやかな浴室だ。硬いタイル床に、重たい体を投げ落とす。 「うぐっ」 「あー疲れた……おじさん重いんですもん。こりゃ筋肉痛待った無しですね、本当にありがとうございました」 「……」 「おじさん、まだ生きてます?生きてますね」  蛍光灯の明りをつけ、小さく呻き声を上げたきり沈黙した男を観察する。目を閉じてぐったりしてはいるが、呼吸は問題無く続いているようだ。  ずぶ濡れの肌は見事なチョコレート色。両腕の刺青に加え、大小様々な傷が全身に刻まれている。そして、着ている服は殆ど襤褸切れに近い粗末な貫頭衣。裸足の足首には特徴的な痣――恐らく、足枷を嵌められて出来た跡まである。 「ホント、どこから来たんでしょうねぇ。現代日本じゃまずお目に掛かれないですよーこの感じ。未開の地で奴隷労働でもさせられてたんですか」  明るいところで見ると増々興味深い。刺青や傷を無遠慮に触り、矯めつ眇めつ眺めていると、男の頭に何かがくっついているのに気付いた。  暫く切っていないだろうぼさぼさの黒髪の間、何かが一緒に長く垂れさがっている。明らかに髪とは質感が違う何か。不思議に思い、抓んで持ち上げてみれば、なんと吃驚。黒い毛皮に覆われた、長い動物の耳らしきものが二つ、男の頭のてっぺんから垂れていた。 「え、ナニコレ、兎耳?おじさんそういうご趣味なんですか?世の中色んな嗜好の人が居るもんですね」  世間って広い。何となくしみじみしながら、濡れてぼそぼその耳をつついてみる。柔らかくて中々リアルな造り。しかし、こいつを頭に固定するためのカチューシャや留め具が見当たらない。付け根を探ってみても、まるで頭皮から直接生えているような感触だ。 「どういう仕組みなんでしょう、まさか本当に生えてるわけじゃあるまいし……」 「ぐぁっ!」 「え?」  何の気なしにぎゅっと握り込んだら、男の体がびくんと大きく痙攣した。低い悲鳴が上がる。驚き思わず手を緩めれば、男はもぞもぞ体を丸めて、両手で頭を守ろうとしている。  目を閉じたままの顔は険しい。しっかり痛覚が備わっていると思しき反応に、暫しぽかんと口を開けてしまった。 「え……マジで生えてんの…?」  試しに兎の耳近くで声を出してみると、うるさそうに手を振って払われる。痛覚もあり、恐らく聴覚も備わっている。本当にどういう仕組みなんだ。  驚きが通り過ぎると、今度は好奇心が湧いてくる。耳の他にも何か変わったところがあるかもしれない。手足や顔をざっと見た限り、傷や刺青以外に目立つところはない。  じゃあ、服で隠れた体の方はどうだろう?

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