どうせ着替えさせるつもりだったから、なんて理由をつけて、俺は男の体を覆う襤褸布を剥ぎ取りにかかった。丸太みたいな手を苦心して持ち上げて、布一枚の服を頭から引き抜く。その下は素っ裸で下着すらつけていなかった。 「わーお。脱ぐとますます凄いですねぇ」 　裸に剥いてみれば、まるで彫刻みたいな体が露わになる。ボディビルダーのように"見せる"ためではなく、実用のために鍛えられた筋肉だ。隆起のあちこちを這う黒い刺青が、男として羨ましくなるような体躯をいっそう際立たせている。 　そして、胴体もやっぱり傷だらけだった。刺傷、裂傷、打撲痕、火傷痕……新旧様々の傷が散りばめられ、刺青の図柄を侵食してしまっている。 「せっかく綺麗なのに勿体無い……って、血ィ出てるじゃないですか」 　全体的に汚れている所為で判り難いが、内太腿に真新しい血がべっとりついている。この辺りは皮膚が薄いから相当痛いだろう。 　野郎の股座なんて見たくもないが、傷口だけ確認しようと、太い脚を掴んで開かせ―――俺はこの男がどんな扱いを受けてきたのかを察した。 　そこは、傷だらけの体のどこよりもズタズタになっていた。幾つも重なった傷口で元の肌色すら判らない。 　男の体をうつ伏せに返せば、尻も似たような惨状だ。内腿の血はここから垂れてきたらしい。背中には鞭打たれたような長い蚯蚓腫れまでついている。 「どっかの変態にでも飼われてたんですかね、この兎おじさんは……あ、尻尾も生えてる。いやあ、本当、世の中色んな人が居ますねぇ」 　俺ならムキムキの兎耳おじさんより、モフモフの可愛い兎とよろしくしたいが。この手の筋肉質でごつい男には需要があるのも知っているので驚きはしない。ただ、性器にまでがっつりつけられている傷を見ると流石にタマが縮む。よくもまあここまでされて死ななかったものだ。 　ついでに尾てい骨の上に丸い尻尾があるのも確認。乾かせばふさふさになりそうな黒い尾はやっぱり兎のそれに見える。 　しかし、これだけ触り倒しても男が目を覚ます気配は無い。全身の怪我に加え、雨に打たれた所為で体力が削られているんだろう。 「このまま衰弱死されても面倒ですし、大人しいうちに手当てだけしておきますか」 　一先ず汚れた体を洗おうと、シャワーヘッドを手に取った。築云十年の襤褸屋のシャワーに温度設定機能なんぞ備わっていないため、お湯と水のカランを交互に捻って、適温に変わるまで暫し行水をする。 　俺は服を着たままだが、どうせ既に全身びしょ濡れだ。それに、野郎二人で裸の付き合いなんてぞっとしない。 　蛇口を回す度熱くなったり冷たくなったりするシャワーの滝に打たれ、丁度良い温度になったところで、床に落ちた男へシャワーヘッドを向けてやる。 「洗いますよーォ……うわ、お湯が一瞬で真っ黒に。何日風呂入ってなかったんですか」 「ッ……」 「はいはい、染みるだろうけど我慢してくださいねー」 　足の方からお湯を掛けると、男の体がぎくりと強張る。傷に染みて痛むんだろう。流れたお湯はすぐに黒く濁って、排水溝へと吸い込まれていく。後で掃除しないと。ああ面倒臭い。 　足から首の下までまんべんなくお湯で濡らし、大粒の砂や泥やらを落として、泡立てた石鹸で丁寧に体を洗う。ぐったりしている男は終始されるがままだった。体全体を綺麗に洗って流し、顔周りや髪は濡らしたタオルで拭く。汚れがあらかた落ちるまでにフェイスタオルが三枚ほどダメになった。 「ふー……こんなもんかね」 　シャワーを止めて一息。連れてくるときに感じた悪臭は大分薄れた。後は―――