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「え?―――痛ェ!?」
俺は間抜け面のまま無様に転がった。しかもがつんと後頭部がタイル床にぶつかるおまけつき。あまりの痛さで我に返る。
「ちょっと、痛いんですけどいきなり何……ぐえっ」
反論は物理的に封じられた。腹の上に大男がどっかり尻を乗せ、俺の胴体を跨いで座り込む。両手は動くが、退かそうと押してもびくともしない。体格差は絶望的だった。
しかもここは浴室。凶器には事欠かない。撲殺、溺殺、絞殺、刺殺、斬殺。そもそもこの男、素手で首の骨くらい圧し折れそうだ。
いきなり命の危機かもしれない。俺は抵抗しようと手を上げかけて――やめた。面倒くさい。俺が居なくなったところで悲しむ人のアテもなし、どうしても生き延びたい理由も思いつかない。
人間なんていつか死ぬ。そのいつかが今になったとて大した問題じゃない。
(最期に綺麗なものも見れたし、まあいいや)
金色の月を目に焼き付けて、瞼を閉じる。両手を広げて力を抜いた。
(……ああ、でも)
あの瞳をもう見られないとしたら、少しだけ勿体無い気がする。
そんなことを考えながらぼんやりしていると、腹の上で巨躯がごそごそ動く。重い。苦しい。内臓出そう。男に殺す意図がなくても死ぬかもしれない。
そのうちガチャガチャと金属音が鳴りはじめ、かと思えば、何か繊維を裂き千切るような音に変わる。腰から太股の辺りを触られているようだ。そして、脚から何かが剥ぎ取られて……
「うん?え、何してんですか?」
何かがおかしい。はっと目を開けて顔を下に向けると、男は後ろ手にごそごそと何かを探っている。何をしているのかと思えば、不意にぎゅっと股間を握られて、俺は思わず竦み上がった。
「うわっ?!え、は?いやいやいやマジで何してんだあんた!?」
男の顔と自分の体を交互に見る。男は笑みを浮かべたまま、後ろ手に俺の息子を握っていた。まるで意味が分からない。
しかも下半身はすっかり裸に剥かれていた。さっきの物音はこれだったらしい。辺りに目を向ければ、哀れな布切れとなったデニムやベルト、ボクサーパンツが散らばっていた。
今一度男の顔を見る。緩んだ表情。紅潮した頬。潤んだ瞳。そして、さっきは気付かなかったが、両目の焦点は合っていないし、唇の端から唾液が垂れている。どう見ても正気じゃない。そして、その正気じゃない男は俺の急所を握って何かをしようとしている。
「あ、や、やめろ、触るなってば!」
大きな掌で包まれて、撫でられる。そこで漸く俺は自分の股間がガチガチになっているのを知った。にちゅにちゅ音がしているのは先走りか?自分の体に裏切られた気分で唇を噛む。
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