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第2話 言の葉

 明けない夜はない。誰が言ったか知らないが真理である。  そう、どんな時でも月が沈めば陽が昇る。  たとえ、興味本位で拾った兎耳男を抱いてしまった翌日でも、容赦なく太陽は昇り朝がやって来るのだ。 「あ゛ーーー……やっちまった……」  ゾンビみたいな呻き声が虚しく響く。此処はクソ狭い我が家のクソ狭い風呂場。そして素っ裸の俺の傍らには、同じく素っ裸の大男が眠っている。  傍ら――というか、何故か男にがっちり抱き抱えられている。俺が。 「いや何でだよ、百歩譲って逆でしょうが」  刺青の刻まれた逞しい腕と、ふかふかの胸筋に頭をサンドイッチされたまま、独り溜め息を吐く。  おはよう世界。たぶんもう昼過ぎてるけど。  激動の夜から体感にしておよそ数時間。深く短い眠りから覚めた俺は、改めて突き付けられた現実に混乱していた。  ヤってしまった。しかも、今まで体験したことがないレベルで気持ち良く過去最高にがっついてしまった。この傷だらけの大男相手に、だ。自分で自分が信じられない。 「どうなってんですかコレ。気でも狂ったか」  己の正気を疑う俺を他所に、元凶たる大男は健やかな寝息を立てている。  褐色の肌は温かく、顔色も良い。発熱している様子も無さそうだ。厚い胸から伝わる鼓動も穏やかで、規則正しいリズムを聞いていると再び瞼が落ちそうになる。  そう、この柔らかくもしっかりした胸筋枕、すこぶる寝心地が良い。お陰で久々にぐっすり眠れてしまった。普段は眠りが浅く、少しの物音でもすぐ目が覚める俺が、それはもうぐっすりと。寝過ぎて頭が痛いなんて何年ぶりだろう。 「人肌があると眠れるんでしょうか……?いやあ新発見です、論文書いて学会に発表しますか。何学会か知りませんけど」  意味のない独り言を垂れ流しつつ、これまた意味もなく、男の二の腕に走る傷痕を指でなぞってみる。丸太のように太い腕。褐色の肌に描かれた黒い刺青と、その精緻な線を乱す白っぽい傷痕。やたらと淫靡に見えるのはきっと俺が寝惚けている所為だ。 「ンン……?」 「っと、流石に起きるか」  好き放題に触り過ぎたのか、ムズ痒そうに声を漏らして男が身動ぎを始める。傷の無い右目が薄ら開き、隙間から金色が覗く様が、まるで雲間から現れる月みたいだ。濃い睫がしょぼしょぼ眠たげに上下し、瞳が半円から丸に近付いていく。  ぼんやり揺蕩う目線がやがて焦点を結び、そうして、視線がかち合う。 「ん?」  ぱちりと瞬きを一つ。不思議そうに首を傾げる動作に、寝惚けた俺の脳は『可愛い』なんて感想を臆面無く弾き出した。が、寸でのところで口には出さず飲み込む。代わりに当たり障りのない言葉を投げ掛けた。 「おはようございます、おじさん。目ェ覚めたんなら離してください」 「?」 「腕、これじゃ起きられないんで、退けて貰えます?」 「……ああ」     頑丈な肩をぺしぺし叩けば、それで漸く、人の頭をホールドしている現状に気付いたらしい。ゆっくりと腕の囲いが解かれ、俺は数時間ぶりに身体を起こすことが出来た。背筋を伸ばすついでに首を回せば、固まっていた関節がぼきぼき音を立てる。 「あー首凝った。本気で寝過ぎましたねこりゃ……おじさんは?体どっか痛めてません?……って通じないか」 「ん゛ん……痛い、ない」 「えっ」  予想外にはっきりした返事が来てぎょっと目を剥く。男はのそりと身を起こすと、両手を握って開いて、首や肩を回したり、自らの身体の動きを確かめ始めた。俺の存在などまるで気にしないマイペースぶりだ。 「いやちょっと、柔軟体操する前に説明して欲しいんですけど。言葉通じてるんですか?」 「ん?……ああ」  此方を見ない金色の目に苛ついて、無意識に手が伸びていた。太い手首をがっしり掴む。男の視線が再び此方に戻って安堵したのも束の間、今度は真っ直ぐ見詰められて心臓が大きく跳ねる。  見なけりゃ見ないで腹が立つし、見られたら見られたで落ち着かない。俺はこの男にどうして欲しいのか。  もう自分で自分が解らない。内心の混乱を笑顔の下に押し込め、俺は男に向き直った。 「そうですか、それは何より。改めておはようございます。こっちの言葉が解るんなら色々教えて欲しいんですけど、あんたが何処から来たのかとかその身体のこととか昨日のこととか色々と」 「……?」 「あーうん、スミマセン、急きすぎました」  動揺を隠そうと矢継ぎ早に質問を投げれば、男の首が不思議そうに傾ぐ。言葉が通じる通じない以前に聞き取れなかったらしい。 「俺の言ってること、言葉、解かりますか?」 「ああ。わかる、少し」  言葉を区切ってゆっくり問い掛けてみれば、片言ながらハッキリした答えが得られた。男が小さく頷く動きにあわせ、兎耳もひょこひょこ揺れる。大きな体格とは不釣り合いな可愛らしさがやけに目に付き、俺は慌てて視線を外した。

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