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 改めて男に向き直る。そうすると相手も居住まいを正し、俺達は狭い浴室の床に座して向かい合った。何となく緊張感が漂う。 「えー……ごほん。すみません、取り乱しました。傷を治してくれてありがとうございます。いやぁ魔法なんて初めて見ました、どんな仕組みなんです?」 「どんな……?あなた、魔法、知らない?何故」 「何故って、普通知りませんよ。あんたの周りでは一般的だったんです?」 「ん」 「いやいや、マジでどこから来たんですかあんた」 「■■■■■■■」 「なんて???」  まるで聞き取れない響きの語が飛び出して来て面食らう。恐らく地名だとは思うが、どこの国の言葉かすらまるで予測がつかない。 「日本語じゃないのは判るんですけど、それ以上のことがさっぱり分からねえ……そこ、日本から遠いんですか?」 「二ホン?」 「こーこ、日本、Japanです。解かります?日本語も多少話せるみたいですし、分からないってこたァないと思うんですけど」 「私、言葉、解からない。魔法、使う、理解、少し」 「はァ?えー……もしかして、魔法で通訳してるってこと?」  単語を繋ぎ合わせたような説明からどうにか意味を推測し、半信半疑で尋ねてみれば、大きな頷きが返ってきた。魔法というのは随分応用の範囲が広いらしい。 「なんだそれチートかよ。通訳要らずじゃないですか羨ましい……っくしゅん!」  嘆息していると、不意に背筋が震え、一拍遅れて口から間抜けなくしゃみが飛び出した。そういえば、俺が着ているのは濡れたシャツ一枚きり、男に至っては全裸だ。寒いに決まっている。 「取り敢えず、諸々のことは服着てから考えましょうか。あんたも裸のままじゃ風邪引くでしょ。俺の服貸すんで、ついてきてください」  言いながら立ち上がり、床に落ちたバスタオルを拾って腰に巻きつける。今の今まで下半身裸だった身で今更感はあるが、まあ気分の問題だ。ついでにもう一枚、あまり濡れていないタオルを拾って、座ったままの男の下肢に乗せてやった。お互いフルチンのままで居るよりは精神衛生上マシだろう。  そうして俺は、ぐしょ濡れの襤褸切れみたいな男の服と、その男の手で襤褸切れにされた俺のデニムや下着を拾って浴室を出た。ちらと後ろを振り向けば、腰にタオルを巻いた男が後をついてくる。  身体の大きさといい、のそのそした動きといい、まるで熊だ。兎耳がミスマッチで面白い。俺は笑うのを堪えつつ、板張りの短い廊下を歩く。。  向かった先は寝室――と言っても、便宜上そう呼んでいるだけの狭い物置部屋だ。 「さーて、おじさんに着られるようなサイズの服ありましたっけねェ」  濡れた襤褸布を纏めてゴミ箱に放り込み、箪笥代わりの衣装ケースから適当な服を引っ張り出す。少ない手持ちの中から一番サイズの大きいものを。下着も辛うじて新品が見付かったので、ノーパンでうろつかれる事態は回避できそうだ。  俺がごそごそ衣類を漁っている間、男は部屋の入口に突っ立ったまま、周りを観察しているようだった。あちこち視線を動かし、時折ぴたりと動きを止めては片目を細める。特に珍しいものもないだろうに、熱心に見入っているようだ。  その金色の瞳がきらきら輝いて見え、更に『可愛い』なんて気のふれた感想が浮かんできたため、思考を無理矢理打ち切る。 「はいはい何か気になるものでもありました?まあ何でもいいですけど。ああ、着替えはコレ使ってください、きついかもしれないけど裸よりマシでしょ」 「う?……ああ」  言うだけ言って返事を待たず、男の手に服を押し付ける。始め目を丸くしていた男は、手元の服と俺の顔を見比べてゆっくり頷いた。恐らく聞き取れていないが意図は察して貰えたらしい。  助かった、流石にこの大男の着替えを介助するとなると骨が折れる。もそもそとTシャツに腕を通すのを見届けてから、俺は背を向け自分の着替えに取り掛かった。  背後から聞こえる衣擦れの音を極力意識しないようにしつつ、濡れて張り付くシャツを脱ぎ、巻きつけてきたバスタオルで身体を拭く。あとは下着と服を身に着け終わるまで1分も掛からない。乾いた服に着替えれば寒気は殆ど感じなくなった。この分なら大きく体調を崩すことはないだろう。

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