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 一つしかない座椅子は男に譲り、畳の床に胡坐を掻く。自分の生活空間に他人が居る違和感がすごい。俺は落ち着かない気分で、卓袱台に放置しっぱなしのスマホを手に取った。  昨晩雨とシャワーでがっつり濡れたが、特に異常はないようで無事に電源が入る。充電もまだ半分残っていた。早速音声検索のアプリを立ち上げ、男の方へスマホを差し出す。 「はい、ここに向かって、さっきの地名、言ってください」 「さっき、の?」 「だーかーらー、あんたが、どこから来たのか、もう一回言ってみてくれません?OK?」 「ああ」  マイク部をとんと指で叩いて示す。初めは不思議そうに首を傾げられたものの、なんとか伝わったらしい。男の口から先程聞いたのと同じ地名が出てくる。 「そうそう、そんな感じでしたね……よし、入力されたっと。しっかし文字で見てもさっぱり解らないですねェ。そもそも音声認識できてるのか…?」  そのまま検索に突っ込んでみたが、それらしい情報はまるでヒットしない。ならばと入力言語を切り替えてみたり、翻訳サイトに頼ってみたり、SNSの書き込みにまで検索範囲を広げても手応えなしだ。  似たような単語や地名を見つけた、と思っても、男に地図を見せて確認すると首を横に振られてしまう。そのうち段々面倒になってきて、俺はスマホを放って卓袱台に突っ伏した。 「あーもー!全ッ然出て来ねえ……考えられる可能性って何だ…?ローカルな呼び名すぎてネットじゃ出て来ないとか。本気で未開の地?兎耳人間やら魔法やらが存在してるところなんて地球上にあります?いっそファンタジーな異世界出身とか言われた方が納得いくわ」  ぶつぶつ考え込んでいると、不意に視界に影がかかった。いつの間にか男の巨躯がすぐ隣に来ている。 「何です?……うわっ!?」  逃げる間もなく分厚い手が伸びてくる。身を硬くする俺に構わず、俺の頭なんぞ片手で握り潰せそうな手が、ゆっくりと頭の形に添って動き。短い髪を指で梳きながら往復を始める。  あんまり馴染みのない感覚だったから、頭を撫でられていると気付くのに時間を要した。  自覚した途端かっと顔が熱くなる。 「ッ……な、にしてんですか、ガキ扱いしないでください!そりゃオッサンよりは年下でしょうけど、いや、アンタの歳なんて知りませんけどね?頭撫でられるような歳はとっくに超えてんですよ」 「私、歳、35」 「へえそうですか、思ったより若いですね。それより撫でるの止めてくれませんか」 「あなた、は?」 「おじさんよりは年下!いいから手ェ離してください!」  口で言っても撫でるのを止めないので、頭を振って無理矢理手を払った。男は先程よりも表情を和らげて此方を見ている。完全に小さな子供を見る微笑まし気な顔だ。腹立たしいが悪態を吐くのは増々子供染みている気がして、俺は言葉を飲んでじとりと男を睨み上げた。  金色の目が柔らかく弧を描いて、まるで三日月みたいだと思う。こうして笑っていると、確かに初めの印象よりも若く見えた。いかつい顔立ちも愛嬌が増した気がする。  『笑顔が可愛い』、とか間違っても思っちゃいない。思ってないったら。  自分で自分に言い聞かせつつ、どうしても目は男の顔をくまなく眺めてしまう。右目の傷さえなければ、海外の俳優といっても通用しそうな男前だ。異国情緒あふれる精悍な顔立ちは人目を惹くだろう。地の造りが整っているからこそ余計に傷が目立つのだ。  右瞼を縦一文字に切り裂く傷。きちんとした治療を施されなかったのか、周りの皮膚が引き攣れ、所々に変色してしまっている。 「……そういえば、どうしてそんな傷だらけなんですか」 「『どうして』?」 「だって、魔法で怪我は治せるんでしょ?俺の手にやったみたいにさァ。その目とか、身体の傷とか、なんで治さなかったんですか?」  男の身体は拾った時は生傷だらけで、今も古傷の痕があちこちに散らばっている。けれど、先程魔法(?)で治療された俺の手は綺麗なもの。便利な能力を自分の身体に使わなかったのには何か理由があるのだろうか。  不思議に思って尋ねてみれば、男は眉間に薄く皺を寄せ考え、込むように唸る。 「んん……私、ずっと、魔力、足りない。だった。魔力、無い、魔法、使えない」 「ああ、そういやそんなこと言ってましたっけ。魔力ねえ……ちなみにどうして今は回復したんでしょうね。エリクサーでも飲みました?」 「あなた」 「は?」  また意味不明の返答が来た。だが男の目は真っ直ぐに俺を見ていて、聞き違いの線はなさそうだ。 「えーっと……俺が何か?」 「私、あなた、から、魔力、貰った」 「ええ…?いや、全く身に覚えがないんですけど」 「貰った。精液」 「……せいえき?」 「はい。精液」

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