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だくだく溢れる欲をありったけ子宮に注ぎ込む。収縮する肉壁に搾られるまま、腰を揺すって最後まで吐き出して、俺は強張っていた身体の力を抜いた。
「はー……つっかれた……」
先に口の中へ1回、昨晩も合わせて4回目の射精だ。勢いは多少落ち着いたものの量は多い。手足の指先まで怠いし、全力疾走直後のように息が上がっている。
ふと、ヘッドロックよろしく俺の頭をホールドしていた腕が少し緩んでいるのに気付く。もぞもぞ身を捩って体勢を変え、俺は漸く男の顔を正面から見ることが出来た。
「ふは。すげー顔」
絶頂の余韻に惚けている男の顔は、目に焼き付けておきたいくらいエロい。褐色の肌は諸々の体液で濡れ、開きっ放しの口からは譫言めいた嬌声と涎が滴っている。癖の強い髪もしっとり濡れて、畳の上に散らばる黒のコントラストが綺麗だ。
のろのろ腕を伸ばし、濡れ髪をそっと指で撫で梳く。兎の耳もひくひく痙攣しているのが何とも可愛くて、俺は忍び笑いを漏らした。
未だ繋がったままの結合部から粘ついた水音が鳴る。温かくぬかるんだ肉穴が心地好くて、射精後の気怠さもあり瞼が重くなってくる。
このまま、抱き合ったまま眠ったらさぞ気持ち良いだろう。胸枕でうとうと微睡みかけ―――俺ははたと我に返る。
「やべ、今日仕事あるじゃん……」
物凄く動きたく無い、が、仕方ない。雇われ者の悲しい宿命だ。
「おーい、おじさーん…もしもーし」
「ん゛……ぅ゛…?」
「あ、起きた?」
「ん゛」
頬を軽く叩いて促せば、閉じかかっていた男の片目がゆるりと開く。何度か瞬きをした後、金色の瞳がすっと俺を見て頷いた。
視線が合った瞬間また勃起しそうになったが何とか堪えた。
「おじさん、目ェ覚めたなら腕解いて……あ、なんかこの会話デジャブ」
「ぅ゛……ん、すまない」
「アレ?また言葉通じるようになってます?」
「ああ゛。魔力、貰った。ありがとう」
掠れ声のお礼と一緒に微笑みまで寄越され、心臓が不規則に脈打って落ち着かない。畜生、可愛い。俺の頭はもう手遅れだ。
「ドウイタシマシテ……取り敢えず、腕、解いて貰っていいですか」
「わかった」
そういや今朝もこんな会話したな、なんて現実逃避しつつ。男の腕を叩いて促せば、身体へかかる重みが離れていく。離れ際に頭を撫でていくのが何やら擽ったい。
慣れない感覚にもぞもぞしながら、俺は突っ込んだままの性器を抜いて身を起こした。ぴたりと組み合わさっていた二つが離れる喪失感にぶるりと鳥肌が立つ。引き抜く際にイイ所を掠めたのか、男が鼻にかかった甘い声を漏らすのは聞かないフリをした。
「はァ……あー、またガッツリ出しましたけど、掻き出さない方がいいんですかね」
「……ああ。このままで、良い」
「リョーカイ。それじゃ新しいタオルと着替えだけ置いておきますね。落ち着いたら風呂場使ってください」
「?……ああ」
理解出来たのか大分怪しいトーンだったが、頷いたのでよしとする。懇切丁寧に説明する余裕はない。時間的にも精神的にもだ。
自分の下半身をティッシュで拭いて、デニムと下着を履き直しつつ、衣装ケースからタオルと男の分の着替えを引っ張り出して卓袱台に放る。それで人心地ついた気分になったが、俺自身のシャツも汗と精液で酷い有様だ。もう使い物にならないだろうシャツを脱ぎ、別の黒シャツを羽織る。
適当に選んだシャツはケースの中で皺くちゃになっていたが、どうせすぐ汚れるだろうし、身だしなみに頓着するような性質でもない。後はくしゃくしゃ跳ねた短髪をキャスケットに押し込めば、見た目には普段と大して変わらない状態になった。
「っし、じゃあ後よろしく……て、どうしました?」
「……」
手早く身支度を整えた俺は、今まで敢えて無視していた後ろを振り返る。
男は用意した服もタオルも卓袱台に放置したまま、素っ裸でじっと此方を見ていた。抱かれた痕跡もそのまま、熱の余韻に肌を赤らめてこそいるものの、瞳はもう正気の色をしている。蕩けた蜜色から冴えた月の色へ。
何となく夢から醒めた気分になり、俺は目を逸らしながらスマホを拾い、ポケットに捩じ込むと、視線を合わせないままそそくさと玄関へと向かう。
「何処へ、行く?」
「っ」
背後から低い声が響いて足を止める。首だけで振り返れば、兎耳男が不思議そうに首を傾げていて。垂れた耳が揺れている。金色の瞳が射貫くような強さで俺を見、視線に絡め取られて動けなくなる。
先程抱いた『食べたい』衝動がぶり返してくる。キスがしたい。正体がただのフェロモンの効果だと解かっても、抗いがたい欲望だ。
「……さっき言ったでしょ、仕事です。何時に帰れるか判らないんで適当に寛いでてください。此処にあるものは何でも好きに扱って構いません」
「ん、ああ?」
「まあどうせ金目のものもありませんしね。ああ、腹が空いたらそこの冷蔵庫の中に食糧も多少あるんでどうぞ。じゃ、そういうことで!」
疑問の声をはさむ隙を与えずに捲し立てながら、大股で相手に詰め寄る。
きょとんと目を丸くしている間に、素早く屈んで顔を近付け、俺は開いたままの男の唇に自分のそれを勢いよく押し付けた。
「んぐっ」
「ぶっ!?」
ガツン、と、鈍い音がして視界が揺れる。勢いをつけすぎて歯がぶつかった。地味に痛い。そして、羞恥と居た堪れなさで顔が熱くなる。
「……?」
「……」
「……今の、は」
「なんでもないです!!それじゃ、また今度!」
ぽかんとしている相手から踵を返し、俺は今度こそ玄関に向かって駆け出した。ろくに確かめもせず靴を履き、縺れるように鉄扉を開けたところで、後ろからまた声が飛んでくる。
「仕事、上手くいくと、良い。いってらっしゃい」
柔らかな声のトーン。見なくとも、あの心臓に悪い微笑みを浮かべているのが分かって、ますます顔が上げられなくなる。ああくそ、なんだってんだ。
「いってきます!」
俺は振り返らずに片手を振り、襤褸アパートの玄関を飛び出した。
外は昨晩の雨なんて忘れたような空模様だ。
沈みかけの西日を浴びながら、じんじん痛む唇を手の甲で擦る。顔どころか身体中がかっかと火照って熱い。堪らず頭を振り、俺は人気のない街を駆け出した。
当然ながら、その日の仕事はまるで身が入らなかった。
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