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1.夏が始まる(3)
「合宿といっても、二泊三日だし。まぁ、たまには練習には顔を出すかもしれないけど、それだって要との時間が作れないわけじゃない」
ホームに入って来た電車に乗り込む。同じように試験からの帰りの高校生たちが、ぞろぞろと乗り込んできて、俺と柊翔は奥の方に追いやられる。朝のラッシュのような、ギュウギュウ詰めにはならないものの、相変わらず、女子たちの視線は柊翔に釘付け。
仕方がないものの、それに慣れるのには、もう少し時間がかかりそうだ。
「予備校の夏期講習にも行くけど、集中講義とかだったりするし。そんなにびっちり勉強するつもりはないんだけど」
ガタン、と電車が揺れて、出入り口側に追いやられる。
「おっと……要、大丈夫か?」
体勢的には壁ドン状態。ほぼ真横に柊翔の顔があって、近すぎてドキドキする。
「だ、大丈夫ですっ」
テンパってる俺が面白いのか、柊翔の目が笑ってる。
「今日は……要の家に行ってもいい?」
部活を引退してから、いつも柊翔と帰るようになって、俺の家によく来るようになった。来たからといっても、一緒にゲームしたり、漫画読んだりするだけ(あ、時々、勉強もだけど)。一緒にいる時間がすごく心地いいんだけど。
「いいですよ。じゃあ、途中で何か買って行きますか」
「ああ。駅前で買い物していこう」
少しだけ混んできたのをいいことに、柊翔が俺の手を触れだした。
「し、柊翔さんっ」
優しく撫でるだけだけど、俺たちの手の位置じゃ、隙間から、座席に座ってる人には見えてしまうんじゃないかって、焦ってしまう。いろんな意味のドキドキが、けして短くない時間、俺を苛めてる。
恥ずかしい。
嬉しい。
怖い。
窓の外に、大きくて丸いガスタンクが見えた。それに草花の絵が描かれてる。
「あんなデカイのに、どうやって描くんでしょうね」
ドキドキを隠したくて、どうでもいいようなことを口走ってしまう。
「どうやるんだろうな」
余裕でそんなことを言いながら、手は止まらない。
本当に、この人はイジワルだ。
だけど、それをちゃんと拒否しない俺は?
拒否できない俺は?
拒否したくない俺は?
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