31 / 69
3.再会(8)
俺は、要のトラウマについて、甘く考えすぎていたのかもしれない。
「ごめ、ごめんっ」
オロオロして、何度も謝る要。こんな要を、抱きしめてもやれない。
だけど。
「要、手」
「手?」
「そう、手、出して」
そろそろと手を伸ばしてきたのを、優しく包む。
「これなら、大丈夫?」
「……うん」
「そっか」
今は、これだけでもいい。
少しずつでいいんだ。それでも、要は俺の目の前にいる。
「もう一度、海に行く?」
「……ううん」
空が夕焼けを呼んできそうな色に変わってる。
「亮平、合宿で来てたんだってさ」
「……」
「あいつ、全国出るんだって」
「……」
包み込んだ手の中、要の手が再び握りしめられる。
無言の時間が過ぎていく。
はぁっ、と大きくため息をついた要は、俺の顔を見つめた。ようやく、目に力が戻ってきたか?
「ごめん。部屋、戻ろう」
「大丈夫か?」
「うん」
立ち上がった要の背中に手をまわす。
少しだけ、ビクッとしたけど、大丈夫、という顔で、俺を見つめる。涙でボロボロの顔を、パーカーの袖で拭う。
「……泣きすぎだっての」
「い、痛いですっ」
そう言って、今度は自分の袖で拭きなおす。
「瞼が腫れてる」
「……早く戻って、冷やします」
要が、俺の手を握った。
「戻ろう」
俺も、力強く、握り返した。
旅館の入口を通ると、少し離れたところに一宮たちがいるのが目に入って来た。俺はただ頷くだけで、要を部屋に連れて行った。
「一宮が心配してたぞ」
「え」
「お前が戻ってきた時に、声をかけたらしいけど」
「……あ。誰かに声かけられた気がしたんですが……一宮先輩だったんですね」
怒られちゃうかな、と照れ笑いしながら、洗面所に向かった。
少しだけ、笑顔ができるようになってる。それだけでも、よしとすべきなんだろうけど。
「あー、泣いたら、お腹空いちゃいましたよ」
相変わらず、瞼が腫れたままの要。
「ちゃんと冷やせよ?」
風呂場にあったタオルを濡らして、要の瞼の上にのせる。
「あ、気持ちいい」
口元が緩く上がった。柔らかそうな唇に、つい視線が釘付けになる。
――無意識に。
本当に無意識に、唇を重ねてしまった。
要は、固まってる。
「ご、ごめん」
「……う、うん」
そう言いながら、目に当てていたタオルを離した要は、顔が真っ赤になっている。なんだか、お互いに恥ずかしくて、目を逸らしていると。
「失礼します~」
ノックの音に気付かずにいた俺たちは、仲居さんの声に驚いた。
「あらっ」
見覚えのある仲居さんが、ドアを開けて立っていた。
「あ、もう、そんな時間ですか?」
「ええ……なに、ケンカでもしたの?」
心配そうな顔で見られてしまった俺たち。
「あ、すみません。もう仲直りしましたから」
ニッコリ笑って、窓際の低い椅子に座った。
ともだちにシェアしよう!