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3.再会(9)
食事は美味しかった。
昨日は自分たちで配膳していたものが、目の前に並べられていくのを見るのは、不思議な感じだった。
「ご馳走様でした」
「美味かったな」
腹が一杯になったおかげで、お互いに余裕ができた気がする。
「こんなに美味しいものをいただいちゃってよかったんでしょうか」
「なんか、あれだけしか働けなかったのに、申し訳ない気がするな」
「……やっぱり、来年も来ます」
「……そうだな」
お互いの微笑みが、幸せを満たしてくれる。
「風呂、入って来いよ」
「柊翔さんは?」
「ちょっと、電話してから行くよ」
「?……わかりました」
「迷子になるなよ?」
「なりませんよ、仕事した場所ですから」
笑いながら出て行く要を見送って、ようやく一安心する。
外はすでに夜。
遠くに見える海が、月あかりできらめいている。それを見ながら、スマホで電話をする。
「失礼します~」
襖を開けて入ってきたのは、さっき食事を持ってきてくれた仲居さん。
「あ、すみません」
俺が電話をしている姿を見て、そそくさと片付け始めた。
「こっちこそ、すみません」
軽くお辞儀をしているうちに、相手につながった。
『柊翔、どうした?要、大丈夫か?』
やっぱり、お前だって、心配だったろ。亮平。
「たぶん、大丈夫だよ。とりあえず、今は笑えてるよ」
『……今は?』
「風呂行ってる」
『……そうか』
「……ちゃんと話さなくて大丈夫か?」
『……今じゃないだろ』
「……」
『連絡くれて、ありがとうな……これで全国に集中できるよ』
「ああ……がんばれよ」
『……まかせろ』
電話越しでも、亮平の安堵の声が伝わってきて、俺もホッとした。
なんとなく、布団を敷いてもらうまで部屋にいてしまったのは、大浴場で要の裸を見て、我慢ができなくなる自分が怖かったせいもある。
しかし、行かないのも、おかしな話で。戻ってこない要のことも心配になって、大浴場に向かった。男湯の大きな暖簾をくぐる。
「あ、柊翔、遅いよ」
タイミングよく、浴衣を着ようとしている要を見つけた。
シュッ、シュッ、と帯を巻く要。首が、風呂上がりのせいか、ほんのりと赤くなっている。生乾きの髪が、襟足に纏わりついているのを見て、ドキッとする。
「悪い、鍵、これな。もう布団敷いてもらってるから、先に戻っていいぞ」
「うん。わかった」
笑顔で鍵を受け取ると、お先に、と言って出て行った。
ほんと、一緒に風呂に入らなくてよかった……。
部屋に戻ると、鍵は開いたまま……要は寝ていた。
「おい……不用心だな……」
しかし、この状態で鍵しめられたら、俺は締め出されて困ったことになってたけど。
くかーっ、と呑気に口を開けて寝ている要。感情の激しい起伏と、ボロボロと泣いたことで、疲れ果ててたのかもしれない。
そばに腰を下ろして、まだ半乾きの髪を撫でると、それに反応するように、顔が微笑む要。その寝顔に、キュンとなって、抱きしめたくなるけど、絶対起きてしまうから、グッと我慢する。
でも。
ふと、この幸せそうな顔を、留めておきたいと……スマホを取り出してしまった俺を、許してほしい。
「……かわいいな……」
要の幸せな寝顔を、ずっと見ていたい、そう思った。
そして、そのためにもやっぱり、このままではいけない、とも思った。
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