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4.火花散る(16)
* * *
澤登は、ホワイトデーに若本から本命は澤登だからという返事をもらってた。だから、俺との関係はそれで終わりのはずだった。
――なのに。
それは、要の事件が起こってから、さほど時間が経っていない時に起きた。
澤登から、お礼がしたいから、と、よりにもよって、要が襲われた体育館倉庫の前に呼び出されたのだ。正直、なんで、ここなんだよ、という、嫌な気分にしかならなかったし、さっさと用件をすませてしまいたい、と思ってた。
「鴻上くん……」
倉庫に行くと、すでに澤登は来て待っていた。
「ああ、待たせて悪い。お礼なんて、別にいいのに」
俺の方は、早くこの場から立ち去りたい気分でいっぱいになってる。
「あのね。お礼っていうか……」
そう言うと、周りをキョロキョロしたかと思えば、俺を体育倉庫に連れこんだ。
「な、なんだよ」
「う、うん」
覚悟を決めた、というような顔で、俺のことを見上げる澤登。
「何?」
見下ろしていた俺に、チョイチョイと、手で招くから、面白くて顔を下すと……彼女の方からキスしてきた。
「……っな、何してっ……」
慌てて、頭を起こそうとしたら、その前に頭ごと抱え込まれた。
おいおいおい、若本はいいのかよ?
それが頭に浮かんだものの、澤登のキスは止まらない。むしろ、どんどん深くなって……俺の理性もふっとびそうになる。正直、キスって、こんなに気持ちよくなるんだ、と、ぼんやりと思ってしまった。
要のことがあってから、モヤモヤした気持ちがあったのは事実。それを忘れさせてくれるかもしれないという思いが、頭の片隅にあったのは否定できない。思わず抱きしめる身体は柔らかくて、俺の腕の中に包み込まれてく。その感触を味わうように、彼女の肌に手を伸ばす。
「あっ」
彼女の声が、俺の中の男を刺激する。
そのままの勢いで、倒れ込んで貪るようにキスを続けようとしたら。
――要の泣き顔が、脳裏をかすめた。
そして、要を抱こうとしている亮平の姿も。
俺の高ぶった気持ちは、一気に冷めてしまった。
そりゃそうだ。こんな場所で、澤登とヤるなんて、俺もどうかしてる。
「こ、鴻上くん?」
赤く上気した顔で、俺を見上げてくる澤登に、
「ごめん」
そう言って、身体から離れた。
「な、なんで?」
オロオロしだす澤登に、苦い笑いしかでない。
「悪い、やっぱ、そういう気分になれないし……お前、寄り戻したんだろ?まずいだろ、こういうの」
「……」
悔しそうな顔の澤登を残して、俺は倉庫から立ち去った。
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