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「そんなに好きなんだ」  うれしくなってくすくす笑いがあふれた。 「いや、まあ好きだけど」  熱弁をふるったのに気づいて、孝弘がちょっと照れた顔でビールを飲んだ。 「あれは一人で食べに行くものじゃないから、祐樹と行きたい」  うん、と素直に頷いた。一緒に行こう、北京でも瀋陽でも。おいしいものを食べさせたいって、なんだかものすごく告白に近い感じがする。  一緒にご飯を食べる人がいるって幸せだ。祐樹の心のどこかがぽこぽこと温められて、体中がほかほかしてくる気がする。 「そうだよな、祐樹は北方の料理はあんまり知らないよな」 「うん。ずっと広州、深圳の勤務だったしね」  半年足らずの北京研修を終えたのち、祐樹は正式に辞令を受けた。最初の任地は広州だった。  その辞令を聞いたとき、祐樹は心からほっとした。北京からもっとも遠い、中国のいちばん南の支社だ。偶然に孝弘に会うことは、まずありえない距離。  そしてほんのわずか、落胆した。偶然を装って会うことはできないのだと。 「広州あたりは食材が豊富だもんな。日本人にはそっちの料理、合うだろ」 「かなりおいしかったと思うよ。点心類も多くて、一人の食事もわりとしやすいし。気をつけないとすぐ太るけど。中華ちまきとお粥が好きになったかな」 「あー、俺も好き。北京の白粥とちがって、味付いてるのがいいよな。それに海鮮が豊富だし」 「そうか。北京じゃ海鮮はないよね。あ、広州で蝦入りの腸粉(チャンフェン)にはまったな。つるつるした食感がおもしろくて。あのつるつるぷるぷる感てどうやって出るんだろ?」 「腸粉のぷるぷる感? うーん、蒸すからかな。今度、作ってみる?」 「え?」  作る? 腸粉を? 作るという発想はなかった。祐樹はきょとんとして、ああと思い出す。そういえば孝弘は料理上手だったっけ。  5年前、会社で倒れて病院に運ばれたあとの数日間、祐樹のマンションに通って作ってくれた食事は、どれも日本の家庭料理でおいしかった。  疲れた胃にしみこむようなほっとする味だった。手際もよくて、とても驚いたのを覚えている。 「そんな難しくないよ、たぶん。腸粉って米粉?か片栗粉? 南方の料理だから小麦粉じゃなさそうだな」 「孝弘ってすごいね」 「なにが? 料理するのが?」 「料理もすごいけど、まめなところが。作ろうって発想がまずないよ」 「でも祐樹も料理するじゃん。昨日の鍋もうまかったけど」  ゆうべは豚バラと白菜のコンソメチーズ鍋だった。  豚バラと白菜を交互に鍋につめて真ん中にカマンベールチーズを入れて蓋をして、あとはコンソメスープで煮るだけだ。  料理というのもなんだかなあというほどのお手軽さだが、孝弘は気に入ってくれたので祐樹としては満足した。

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