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「もしもし」
何から話すべきなのかわからないまま、ひとまず電話に出る。
恋人やセフレなら別れ話をすればいいのだが、相手は大学時代からの友人で、気が向けば体のつき合いもあるというあいまいな間柄だった。
いったい何からどう話せばいいんだか。
「祐樹、久しぶり」
屈託ない友人の声が聞こえた。
「うん」
「日本に戻ってたか。いま、どこにいる? きょうあすで、時間あるなら会わない? めしでも食おうよ」
「あー、ごめん。今は……ちょっと忙しくて会えない」
いつも通りの友人の誘いに、祐樹は歯切れ悪く答えた。
断りを入れながら、でもこの先、彼と会っていいものかどうかも迷ってしまう。
単なるセフレというならもう会わない、終わりにしようといってピリオドを打てるが、おなじ大学の同期でほかにも共通の友人もいる相手だと、もう会わないというのは無理がある。
食事はいいけど寝ないよ、とでも言えばいいのか? いや無神経すぎるだろ。
ただの友人に戻ろう? いやべつに今も特別な友人って感じでもないか。
もっとなにか、うまい言い回しはないんだろうか。
こういう場合はどういえば穏便に気持ちが伝わるんだ?
「そうか、仕方ないな。まだしばらく日本にいるのか?」
「うん、でも2ケ月以内に、また中国駐在になるみたい」
「へえ、また長期? じゃあ、その前に会おうぜ」
忙しいと言って会わないまま中国に赴任するという手もありか、と一瞬考えて、それは卑怯すぎると思い直した。
友人に対しても、孝弘に対しても誠実さに欠けるだろう。ついさっき誠実に対応しようと決めたばかりなのに。逃げ腰のじぶんにカツをいれる、しっかりしろっ。
「うん、いいよ。でも、あのな…あの、食事は行くけど、その」
「なんだ?」
会ってもいいけど食事だけって、ここでわざわざ言うのは変だよな。
そんなことをいちいち断らなくても、食事だけで終わる日のほうが圧倒的に多いのだから。
実際にベッドに誘われたときにさらりと断るのがスムーズなのだろうが、それでは遅すぎる。ここで断っておきたいのだ。
祐樹がしどろもどろになるのを、相手はふしぎそうに問い返す。
「どうしたんだよ、きょう、なんか変だな」
「そんなことないよ。えーと」
「やっぱ変だろ、なにかあった?」
「べつに、あ、そう、あった。あのね、おれ、彼氏ができた」
ようやくぴったりの言葉を見つけて、祐樹はほっとして口に出した。
そうだ、彼氏ができた、でよかったのだ。
おかしなことを口走らなくてよかった。
肩の力が抜けて、続く言葉はスムーズに出てきた。
「だから、ふたりだけで会うのはちょっと無理なんだ」
「おー、そうなんだ。よかったな。なに、彼氏は束縛つよいの? ほかの男とふたりで会ったらダメって?」
からかう響きの友人の言葉に、祐樹はくすぐったい気持ちになる。その程度の束縛くらいされても構わないと思う。
でもきっと孝弘はそんなことは言わないだろう。
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