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ディナーは横浜らしく広東料理のフルコースで、食前酒に色鮮やかな前菜盛合せ、ふかひれスープ、エビチリ、黒酢の酢豚、とそれぞれが食べるペースに合わせて、一皿ずつサーブされて来た。
「やっぱり日本の中華はおいしいよね」
「味付けがこまやかだよな」
中国でおおざっぱな味付けの料理に慣れているせいか、日本で食べる料理はどれも繊細な感じがする。ほどよい辛さのエビチリを食べながら、そういえばと孝弘が言い出した。
「香港でめちゃくちゃ好きだった海老料理を出すレストランがあったんだけど」
3年前、広東語を勉強しに香港まで行って、半年間だけ語学学校に通った。そのとき香港人の友達に連れて行ってもらったと言う。
「お店、どこらへん? どんな料理?」
祐樹も香港は出張で何度か行っている。もしかして同じ店で食べたりしていたんだろうかと尋ねてみた。
「炒めた海老にチーズソースかけたやつ。香港ではけっこう一般的な料理だけど、広州にもある? 啓徳(カイタック)空港から街に行くまでの途中にあったレストランで、名前忘れたな。もしかしたら、もうないかもな」
変化の激しい香港ではよくあることだ。
香港という言葉に、ふっとある人の面影が記憶をかすめた。…いや、もう会うこともないだろう。
目の前の孝弘に意識を戻す。
「そういえば、啓徳空港ももうすぐ閉鎖だよね」
「あ、そうか。来月だったっけ?」
昨年の香港返還に続いて、香港における大きな変化が空港の移転だ。
今年1998年7月5日に啓徳空港は閉鎖され、新空港がオープンすることになっている。
「香港来たなーって感じだったけどな。あのビルのなかに飛行機が突っ込んでく感じ」
「正直、怖かったよ、おれは。いつか絶対ほんとに突っ込むって思ってた」
「パイロットが選ぶ、着陸が難しい空港ランキング1位だったって聞いたことあるけど」
「ああ、そうかもね。だってビルすれすれに着陸していくでしょ。香港のネオンが点滅しないのって、空港が近すぎるからっていってたよ」
「うん、俺も聞いたことあるな、その話」
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