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この船はベイブリッジのしたを通って東京湾へ出ていき、横浜港をぐるりと回ってみなとみらいから大さん橋に戻ってくるという2時間弱のクルーズコースだ。
17時出航なので、食事が始まったころ窓のそとはまだ明るかったのが、だんだん空の色が変わっていく。夕暮れの景色を楽しみながら、コース料理をふたりで食べている。
なんだかくすぐったいような、ふわふわした気分だ。
夕暮れがじょじょに濃くなって、空がオレンジから紫のグラデーションに変化すると海岸沿いのイルミネーションがくっきり見えてくる。
すこし遠くに遊園地の観覧車のまるい光が見える。
デザートのマンゴープリンで食事が終わるとテーブルのうえはきれいに片づけられた。前方のステージでは生演奏が終わって、数人のタキシードを着たマジシャンが入ってきた。
各テーブルに一人のマジシャンが座り、すぐ目のまえでマジックが始まった。
「へえ、マジックって生で見るの初めて」
「俺も。テレビでしか見たことない」
正装した30代くらいの男性マジシャンは、男ふたり連れの客にも動じないでにこりと笑いかけ、手元のカードを流れるような手つきでさばいてみせる。
孝弘に一枚選ばせて、元通り混ぜてからカードを切り、ざっと扇状に広げると選んだ一枚だけが数字をこちらにむけている。
「えー、なんで?」
よく見るマ ジックだが、触れられるほど近くで披露されるとやはり驚きがちがう。
今度は祐樹に数字のない白紙のカードを一枚渡された。予備のカードだろうか。何の仕掛けもないことをふたりで確認する。
「両手ではさんで持っていてください」
テーブルのうえで祐樹は両手に薄い紙を挟みこんだ。
その状態で、マジシャンは鮮やかな手つきで次々カードマジックを披露した。
ふたりは目のまえで繰り出される技に目を瞠りっぱなしだ。
なんで?という言葉しか出てこない。
「ところで、持ってたカード見てください。どうなりました?」
5分ほど経っただろうか、祐樹が両手を開けると、白紙だったはずのカードは名刺になっていた。
思わずええっと声があがる。
瞬きをして何度も見てしまう。表、裏と返して、孝弘と顔を見合わせる。
どこかにタネがあるのはわかっているが、どうしてもわからず、不思議で仕方がない。ずっと両手で挟んでいて、すりかえることもできないはずなのに。
二人の様子にマジシャンはにっこりと笑っている。
してやったりという雰囲気はなく、ね?と言いたげないたずらっぽさで。
「マジシャンがご入用のときはご連絡ください」
と営業スマイルで売り込みも忘れない。
いくつかカードを使ったマジックを見せた後は、赤いふわふわした小さなスポンジのボールを何個も手の中で増やしていくマジックだった。
手を開いたり閉じたりするあいだに、あっというまに両手いっぱいになっている。
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