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三崎港はまぐろ漁港として有名だ。だから朝市では、まぐろのぶっかけ丼やマグロ汁、まぐろのモツ煮などのテントが並んでいた。
すでにかなりの人出があるようだ。大きな声の威勢のいい呼びこみに活気があふれていて、朝の5時半とは思えない喧噪だった。
「なんか、中国の市場を思い出した」
「たしかに」
孝弘が苦笑する。
あたりにはおいしそうな匂いが漂っている。あちこちの店に人が並んでいて、熱気に包まれており、祐樹は人の多さに驚いていた。
「朝市ってこんなに観光客が来るんだ」
「うん、ここはわりと有名だから」
そうだったのか。
「どう? お腹すいてる? 食べたいものあった?」
「やっぱ、ぶっかけ丼かな。あとモツ煮もおいしそう」
ふたりで手分けして並んで、ぶっかけ丼、マグロ汁、モツ煮、トロの串焼きなどを買ってきた。簡素なテーブルと椅子が出されていて、そこに座って早速食べてみる。
「マジでうまい。ぶっかけ丼、やばいな」
「ほんとにおいしい。やっぱ新鮮だからだよね」
祐樹はマグロ汁の味のしみた大根が気に入って、最後の汁まで飲んでしまった。孝弘はサザエをくるくる回してじょうずに引き出している。
「ここ、孝弘は来たことあったの?」
「うん、香港人のアテンドで。プライベートでは初めてだな」
色々うまかったから祐樹に食べさせたくてと言われて、早朝ドライブの理由を知る。
「これもおいしいね。マグロのトロの串焼きって初めて食べた」
孝弘おすすめの串焼きを食べて、向かいの店の看板を見て首をかしげた。
「まぐろちまき?」
「それもうまいよ、醤油煮のトロのちまきなんだけど。腹いっぱいだから、買って帰ろ」
見た目には中華ちまきとそっくりの形だ。持ち歩きに便利だからかお土産なのか、たくさんの人が買っていた。
漁港だけあって、新鮮な魚もおおく水揚げされるようで、あちこちで威勢のいい声が飛んでいる。ざるに盛られた小魚やまぐろのさくが飛ぶように売れていた。
魚介だけでなく野菜や花の市場もあるようで、三浦半島の新鮮な野菜をどっさり買っている人もいて、その活気と熱気で見ているだけでも楽しい。
朝市ですこし買い物をして、ホテルに帰り着いたのは8時過ぎだった。チェックアウトの用意をするのかと思っていたが、部屋に戻った孝弘はお茶を淹れてくれた。
「レイトチェックアウトで12時まで使えるから。朝早くから付き合ってくれてありがと。疲れた?」
孝弘が祐樹の頬をやさしくなでて口づけた。
あまい仕草に祐樹の胸がとくんと跳ねる。こういうことを素でできる孝弘は、やっぱりたらしだと思う。
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