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第7章 突然の休暇

「あ、高橋(ガオチャオ)、おはよう。いきなりで悪いんだけど、今週の木曜から夏休(なつきゅう)に入ってくれるか」  週明けの月曜日、出勤するなり緒方部長から告げられた。  夏休は本当なら7月から9月のあいだに各自で業務を調整して、4日間取ることになっている。まだ6月半ばなのだが、前倒しで取れということらしい。 「はい、いいですけど」  わけがわからず困惑しつつも、べつだんこまる話でもないのでそう返した。  緒方が不機嫌そうに顔をしかめながら、その内情を暴露する。 「去年も香港返還の件でバタバタしてて夏休取らせなかったし、有給もぜんぜん取ってないだろ。このぶんじゃ、今年の夏休も大連の準備で取れるかわからんし、というか7月以降の休みはしばらく取れないと思うが。…要するに、労務人事から中国開発室は有給消化率悪すぎってお叱りを受けたんで、6月中に休める高橋から有給消化してってくれ」 「わかりました。おれ、いつまで休みなんですか?」  突然の休暇に戸惑うが、上司の命令なら仕方ない。 「夏休と合わせて木曜から10日間。旅行行ってきてもいいぞ。海外なら行先だけは言っておいてくれ」 「…そんな急に」 「出張なんか、いつもそんなだろ」 「それは仕事です。だいたい、旅行で海外とか行ったこと一度もないですよ」  意外そうな緒方の声に、祐樹はかるく肩をすくめる。べつに海外好きでも旅行好きでもないのだ。出張だって好きで行ってるわけじゃない。 「そうなのか? そういや高橋が休み取ってるの見たことないな」 「べつに家族サービスとかしませんから」  独身の祐樹に有給を取ってまでやらなければならない用事は思いつかない。 「じゃなくても、ふつう休むだろ。…まあでも駐在中は適当に休めるか」  中国政府関係者との食事会や大使館パーティや経団連のお付き合い、日本人会の交流会に接待ゴルフに麻雀大会など、仕事なんだか遊びなんだかという行事が駐在員にはいろいろある。  もちろんこれも仕事のうち、お付き合いの一環として顔出しはしなければならないが、一日拘束されるわけでもないので、適当に顔を出してあとは休むということもできるのだ。  そういう事情もあって、もともとそれほど行動的でもない祐樹は、病気や来客以外での有給休暇をほとんど取ったことがない。 「いいなー、高橋さん、10連休ですか?」  事務の江藤がうらやましそうな顔で話に入ってきた。

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