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「もともと海外好きでも、旅行好きでもないしね。社会人のおつき合いの範囲内で足りてる感じかなあ」 「そんなもんじゃないの、みんな。俺はそれで文句ないけどな。祐樹は誘えば断らないだろ。やってみたことないのに、あれは嫌だこれはしたくないとか言わないだろ。だから誘うの楽しいけどな」  それは相手が孝弘だからだ。  行きたくない相手なら、祐樹は適当な断りを入れてしまう。  それに孝弘にはけっこう行きたい場所をリクエストした記憶がある。脳内妄想デート時代の話だ。研修期間の半年だけのつきあいだと思っていたからできたことだった。 「なあ祐樹。俺、金曜の夕方の便でクライアントを見送ったら仕事終わるから、それに合わせて香港来たらいいだろ。週末は香港デートしよう」  え? 香港? 「仕事終わりの金曜の夜の便で帰ってくるんじゃなかった?」 「チケットの変更なんかすぐできるよ。祐樹のチケットも手配しとくから。啓徳空港ラストフライトってことで。2泊でも3泊でもいいし、香港からなら世界中どこでも飛べるから、べつの国に足伸ばしてもいいし。シンガポールとかマレーシアとかどう? ビーチリゾートもあるしのんびりできるよ」  渋谷か新宿にでも出かけるくらいのノリで、あっさりとそんなことを提案してくる。  ほんとフットワーク軽いな。  ちょっと感動しながら孝弘のプランを聞いていると、ひとりでその続きを結論付けている。 「あ、でも6月の東南アジアはやめたほうがいいか。蒸し暑くて死ぬな」  確かに夏の東南アジアの気温と湿度は殺人的だ。  涼しい部屋でのんびり過ごすほうがどれだけいいか。  でも孝弘と一緒なら旅行もいいかと思えるから、恋愛のパワーはすごいと思う。  なによりふたりきりで旅行というのに心ひかれた。先日のお泊りデートが楽しかったせいもある。孝弘と一緒なら行先なんかどこだっていい。  せっかくの10連休なのだ。ひとりでぼんやり過ごすより孝弘と一緒に旅行に行くほうがどれだけ楽しい休暇になるか。 「やっぱ初夏ならヨーロッパのほうが気持ちいいかな? 俺も行ったことないけど」  真剣な顔をする孝弘に祐樹は笑いかけた。 「いいよ、香港行こうかな。10連休なんて滅多にないし」 「マジで? やった、祐樹と旅行なんて、めちゃくちゃうれしい」  無邪気な顔でよろこぶ孝弘に、祐樹の心もわくわくしてくる。 「べつに特別に観光とかしなくてもいいから、のんびりしよう。おれは孝弘と一緒ならそれだけでいいんだから」  あれこれとプランを立てて手配しそうな孝弘に気を使わなくていいというつもりで言ったのだが、孝弘はなぜかすうっと顔を赤くした。 「うん、わかった。のんびり、だな」  きょとんとする祐樹に苦笑して、やさしく頬に口づけられた。

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