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 大学時代の恋人とどうしようもない事情で別れて以来、祐樹は特定の恋人を作らなかった。かるいつき合いのセフレのような友人は複数いたけれど、特定の誰かを作ることは避けていた。  何か考えがあったわけではないが、誰かに言い寄られても深いつき合いにならないようにしていたのは否めない。その程度のつき合いだから、一緒に旅行に行きたいとか思うはずもなかった。  孝弘に誘われて、旅行が楽しみだと思った祐樹は、初めてそんなことを考えた。  お湯をわかして淹れてくれたのは、祐樹が北京研修時代に飲んで気に入った玉米茶(ユィミィチャー)(コーン茶)だった。香ばしいお茶が好きな祐樹のためにわざわざ用意してくれたらしい。  その優しさにふわりと気持ちがほぐされる。  リビングのソファに座って、ふたりでお茶を飲んだ。  孝弘の雰囲気がキスを交わしたときのやわらかいままだったので、祐樹は緊張しないでいられた。  気持ちを落ち着けて、なにから話したらいいのか迷いつつ口を開く。 「さっき空港で会ったのは、陳さんといって黄河集団の社長秘書なんだ」  黄河集団と聞いて孝弘の表情があらたまった。  香港、中国において、いやいまや世界でも有数の企業グループだ。  もともとはシンガポールに本拠地をおく客家の一族が1930年代に香港に移住して起こした企業だったが、香港の発展とともに企業規模が爆発的に大きくなり、現在では世界中に子会社をもつ一大企業グループにのし上がった。  特に本拠地であるアジア圏では非常に大きな影響力を持っている。 「黄河集団の社長秘書?」  思いもよらない人物だったようで孝弘が目をみはった。 「うん。社長のエリックとは2年前の3月に香港で知り合った。当時おれは深圳に駐在してて、うちの香港支社と合同で進めてる案件があって、たまに香港に出張してたんだ」

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