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”聞いていただろう? 用事はなくなった、一緒にディナーをいただこう”
祐樹があっけに取られていると、エリックは距離をつめてすぐ目のまえに立った。目線が祐樹よりわずかに高い。ということは、彼と同じくらいだろう。
無意識に比べていることに気づいて動揺する。
”チャーリーのやり口はいけ好かないが、彼の趣味は悪くない。ユーキ、きみを口説いてもいいか?”
ストレートな物言いに驚きを隠せず、男の顔をじっと見上げた。
やはり似ている。孝弘があと十数年たったら、こんなふうになるかもしれない。大人の落ち着きを身にまとわせて、こうやって祐樹の目のまえに立つ日が来るだろうか。
未来の時間にいつか孝弘とまた会える時があるだろうか。中国のどこかで、あるいは香港で。
祐樹は一瞬の夢を、彼に見る。
”…助けていただいたお礼ということで、ディナーをお付き合いするくらいなら”
逡巡のすえ、祐樹はそう答えた。
もともとこのクラブのレストランで食事がてら紹介されることになっていた。相手は変わってしまったが、祐樹に不都合はない。
口説くうんぬんには触れずにそう答えた祐樹に、エリックは満足気ににっこり笑った。
はじめて見た彼の笑顔に、心臓がきゅうっと絞られるように痛くなった。
孝弘はこんなふうににっこり笑ったりすることは、あまりなかった。目つきが鋭くて黙っていれば不機嫌そうに見える彼が、はにかんだような照れ笑いを見せるのが好きだった。
満月の夜、置き去りにした孝弘を思い出す。
初めて祐樹を抱いたあとの、満足そうな静かな寝顔。
そっと頬をすり寄せてキスをしたら、無意識だろうにくしゃくしゃと髪をなでて抱き寄せられて、きりきり音がしそうなくらい胸が痛くなった。あんまり幸せで、そして辛くて。
……もう2年半も前の話だ。
孝弘はもてた。
今ごろはきっとすてきな彼女ができているに違いない。
男同士の遠距離恋愛なんか続くわけがない。もともとゲイでもない孝弘のためにはこれでよかったんだ。いまでも本気でそう思っている。
それなのにいまだに満月の夜が苦手だった。満月は苦くてあまい記憶を呼び起こす。
あんなふうに一途に熱く求められたことはなかった。
そっと触れてきた手のひら。速い心臓の鼓動、抱きこまれた胸の温かさ。一睡もできず、朝まで見つめていた寝顔。
この男はどうだろう。
孝弘によく似た、年上の男は。
それを忘れさせてくれるだろうか。
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