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第10章 二人きりのディナー

”ディナーを食べるのでは?”  連れていかれた屋上で、祐樹は隣に立つエリックに怒鳴った。 ”食べるよ。気に入りのレストランでね”  目の前には飛び立つ準備を整えたヘリがあり、プロペラがものすごい音をたてていた。 ”さ、乗って。すぐに着くから”  警戒心を持つ間もなくヘリに乗せられ、連れていかれたのがどこのレストランだったのか、祐樹はいまだにわからないままだ。  どこかのビルのヘリポートに降りて、そのまま店のテーブルに案内された。貸し切りだったのだろう、ほかにだれもいないフロアで夜景をながめながらのディナーだった。  給仕の男性1名だけがその場にいて、慣れた様子でワインについてエリックと意見をかわしたり、肉の焼き加減について話したりしていた。  エリックが何者かわからないままなので緊張はしたが、祐樹が訊ねてみても、笑っているだけで答えてもらえなかった。 ”ただのエリックでいいだろう? きみとはビジネスの話をしているわけじゃない。それとも素性の知れない人間とディナーはいや?”  金持ちの気まぐれだと思えばいいかと祐樹はあっさりあきらめ、食事と会話を楽しんだ。だいたい帰ろうにも帰してもらえないに決まっている。  出されたコースは文句のつけようがなく、断り切れずに口にしたワインも祐樹の好みに合っていて悪くなかった。  それにしても、と思う。  どうやら彼は上流階級のなかでもさらに特別な階級の人間のようだが、一体この先はどうしたらいいんだろう。  話題は日本の伝統工芸や日本と香港の食習慣の違い、好きな映画や音楽と言ったビジネスには関係がないものばかりだった。  エリックがわざとそうしているのはわかったが、祐樹も彼と仕事の話をしたいわけではなかったから、それでよかった。  うろこの食感がパリパリと楽しい白身魚のバジルソテーを口に運びながら、祐樹はめまぐるしく考えをめぐらせた。  これで食事が終われば解散、となるんだろうか? 口説くと言われたからには、やはりこのままベッドに誘われる?  身元もわからない人間と食事をしている時点でじゅうぶんまずいのだが、会話も物腰も洗練された相手に、あまり警戒心は起きなかった。  とは言うものの誘われたら断るしかないのだが、彼はそれを許してくれるのか?  香港の上流階級の桁違いなことは噂には聞いている。  誘いを断ったくらいでまさか殺されはしないだろうが、面子を傷つけることになるんだろうか。 “ユーキ、きみを誘ったら一緒に夜を過ごしてもらえるのか?”  食後のコーヒーを飲みながら、平然とした態度でエリックが訊ねた。そばに立つ給仕を気にするそぶりもない。  給仕の表情もやわらかな笑みをわずかにたたえたままで、何も聞こえていないかのようだ。

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