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“申し訳ないのですが、それは無理だと申し上げるしかありません” “男同士は無理?” “はい。それに明日の朝には香港を発ちますので”  男同士は嘘だったが、明日の予定は嘘ではなかった。といっても列車で1時間足らずの深圳に帰るのに座席を予約しているわけでもなかったが。  祐樹の断り文句に、エリックは意外な表情になった。どんなチャンスも逃さない香港人の常識からしたら、じぶんの誘いを断る祐樹は信じられないのだ。  はっきりと素性を知らせていないにせよ、特権階級なことは明らかでコネを持ちたいと思うのが当然だ。  祐樹はそれを頭から跳ねのけたのだ。 “そう、それは残念だ。では次に会えたら、また食事に付き合ってもらえるかな?” “私は本当に庶民なので、ああいうクラブに出入りする機会はないんです。ですから、もうお会いすることはないと思います”  やんわりした拒絶をわからなかったはずはないのに、彼は優雅に微笑んだ。じぶんに自信がある者にしかできない、強い意志を込めた瞳で。 “…そうかな。きみもビジネスで深圳に住んでいるんだろう、香港とは目と鼻の先だ。どこでまた出会うかわからないのでは?”  駆け引きめいた会話に、祐樹は困惑する。  ほんの2時間ほどまえに出会ったばかりの相手に本気で口説かれているとは思えなかった。あるいは彼にしてみれば、これはゲームのようなものかもしれない。 “……では、もしまた会えたら食事をご一緒しましょう。その代わり、次回は私のおごりで。先に断っておきますが庶民の食事ですよ”  そんな機会があるはずがないと確信したからこその祐樹の台詞に、エリックは極上の笑顔でうそぶいた。 “それは素敵だ。楽しみにしていよう”  そういってあっさり席を立ち、祐樹のそばに回ってきたかと思うと、身をかがめて頬にキスをした。目の前のできごとにも、給仕の表情は相変わらず変わらない。  困惑して見あげた祐樹に、余裕の笑みでエリックは微笑みかけた。 “私はこれで失礼する。秘書にホテルまで送らせよう。ありがとう、ユーキ。楽しい食事だった”  そう言って口を開かせる間も与えず大股で歩いて店を出ていくのを、祐樹は半ば呆然と見送った。  残された祐樹は、緊張の糸が切れてほっとため息をついた。  一体、きょうはなんて日だったんだろう。  給仕がもう1杯コーヒーを勧めるのでありがたく頂いていると、間もなくスーツ姿の男性がやってきた。40代と思われる彼は落ち着いた仕草で祐樹に会釈した。 “秘書の陳と申します。ホテルまでお送りしますので、ご都合のよろしいときにお声かけください” “ありがとうございます。もう帰ります”  そして陳の運転する濃くスモークの張られたリムジンでホテルまで送ってもらった。

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