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“では先日お約束したので、わたしが夕食にご招待します。さきに断った通り、庶民の店ですよ”
“本当に? それは素敵だ。約束を覚えていてくれたなんて、感激だ”
エリックは演技と、は思えない喜びようだ。
日本食は大丈夫かと訊いてみれば寿司も天ぷらも大好きだというので、そういう店ではありませんよと注意をいれてから祐樹が連れて行ったのは、赤ちょうちんのぶら下がる庶民の店の代表、焼き鳥屋だった。
“床下を掘るなんて、素晴らしい発想だ”
掘りごたつを初めて見たらしいエリックは、畳に屏風の仕切り、出入り口は襖という和のしつらえを気に入ったようだ。
さすがにカウンターはまずいだろうと個室を選んだが、4人用の狭い部屋にどんな反応をするかと思えば案外楽しそうにしている。
“なにもわからないから、ユーキにお任せするよ”
祐樹が一通り注文を済ませて生中で乾杯した。
ヘリで連れていかれた一週間前の食事を思うと、なんだかあれもこれも夢のような心地になる。
日本に何度も出張しているというエリックは、日本の習慣や文化にもかなり理解があったが、やはり庶民的なものは知らないようだ。
焼き鳥屋を選んだのは、有名なレストランで食事するのが日常の彼に、祐樹がそれなりの店に連れて行っても仕方ないだろうという考えからの選択だった。
初めて食べるせせりや砂肝やボンジリに舌鼓をうち、軟骨揚げ、もろきゅう、揚出し豆腐、肉じゃがといった料理も食べたことがないといいながらチャレンジしている。
“こんな日本食は初めてだ。家庭料理なのか? けっこう、おいしいな”
エリックが楽しそうに笑うので、祐樹の心もほっとほぐれた。
孝弘と別人とはわかっていても、一緒に焼き鳥を食べているのがふしぎな気分だ。
ビールを飲みながら、北京でも孝弘と焼き鳥屋に行ったことを思い出した。
あのときは安藤と鈴木も一緒で、鈴木がエッチな店に孝弘を誘うのでかなりやきもきさせられた。
ビールと日本酒をいつもより飲ませて祐樹のマンションに連れ帰ったのは、それを防ぐためだった。孝弘が女の子と仲良くするのに嫉妬したのだ。
ところがその晩、祐樹は孝弘に告白された。
「高橋さんが好きだ」
迷いのない声で、孝弘ははっきり言った。
酔っぱらっちゃって、と祐樹は笑ってそれを聞いた。
最初は告白だと気づかず、好きだと言われたのがうれしくて「おれも上野くんが好きだよ」と内緒の告白のつもりで返したら、強い口調と目線で怒ったように言い直されたのだ。
「本気で、好きだ」
それを聞いて、胸が震えて息が苦しくなったのを今でも覚えている。孝弘がそんなふうにじぶんを見ていたなんて、まったく気づかなかった。
おれもだよ、とあそこで言えたらどんなによかっただろう。突き放さなければという思いだけで必死に断り文句を探した。ごめんねと告げる声が震えそうだった。
そっけなく聞こえるように、思いがあふれないように注意するのが精一杯で、孝弘が部屋を出て行ったあと、祐樹は力が抜けてその場にへたり込んだ。
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