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 孝弘が東京本社に来たのは打合せや資料提出などほんの数回だ。事務や営業の女の子と話したことなんて、ほとんどないはずだろう。 「俺が本社にいたのなんて、会議のときと書類提出のときと、そんなに長時間じゃなかったぞ。そもそも毎日でもないし、誰も俺なんか見てないっての」  それこそ書類を渡されて、どうぞ、ありがとう、ていどの会話を交わした覚えしかないと孝弘はふしぎそうだ。 「そうだよ。毎日じゃないし時間も短いから、女の子たちがおれに訊きにくるの。おれと組んでるって知ってるから。上野さん、次はいつ来るんですか? 飲みに誘ったら来てくれますかって」  そんなことがあったのかと驚いている孝弘に、もう勝手に返事しちゃったんだけど、と祐樹はすねた表情で子供のようにぺろりと舌を出す。 「なんて?」 「熱愛中の恋人がいるみたいだよって」 「じゃ、いいじゃんか」  ほんとに?と、孝弘のうえに乗ったまま、祐樹は孝弘をじっと見つめる。 「うちの女子社員はみんなけっこうかわいいよ。男性社員の嫁さん候補だからね。性格もいいし、語学もできるよ。断ってほんとによかった?」 「俺が女の子によろめくんじゃないかって心配なのか?」  図星をさされて祐樹はすこし赤くなって、目線をそらした。  孝弘の裸の肩や胸が目に入って、ますますかあっと熱が上がる。きれいに筋肉の乗った体だった。 「いつだって不安だし心配するよ。孝弘がもてるのはわかってるし、女の子もいけるでしょ。というかほんとはゲイじゃないんだし」 「祐樹が好きだって言ってるだろ。俺が信じられない?」 「そうじゃない。孝弘は信じてるけど、女の子たちに勝手に嫉妬して不安になってるだけ。……嫉妬深くて、ごめん」  頬をぺたりと孝弘の胸につけた。  どくどくと力強い心臓の音が聞こえる。病院でこの音を確かめたことを思い出す。  こんなにそばにいてはっきり求められていて、何を不安になるんだか。  そう思うのに、じわじわと染みだすようにそれは湧いてくる。祐樹の不安は根本的な性志向に基づくものだ。  孝弘は怒らなかった。態勢を入れ替えて二人で横になる。 「いいよ。思ってること、そうやって口に出して。言ってくれなきゃ、わからないだろ」  かるく前髪を引かれて顔をあげた。  やさしく口づけられて、ほっと胸に温かいものが満ちてくる。

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