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第12章 恋人の友人

 シャワーを浴びて街に出た。  金曜日の夜8時、街は喧噪に包まれていてあらためて香港のパワーを感じる。原色の派手なネオンと6月の熱気と人の発するエネルギーが、かたまりになって押し寄せてくるみたいだった。 「空港に降りたとき、香港の匂いだなあってなんか懐かしかったよ」 「ああ、その国の匂いってあるよな」  ホテル近くの大衆向けの食堂に入り、料理と点心をいくつか頼んだ。香港のいいところは、食事が安くても高くても、どれもたいていおいしいことだ。  冷たいビールと炒め物をつまみに、あしたの予定をのんびり話していたら 孝弘の携帯が鳴った。仕事用の携帯なのだろう。着信相手を見て、ちょっと顔をしかめる。  ごめんと祐樹に断ってそのまま電話に出た。香港だから、声を落とす必要も店から出る必要もない。 『おう、どうした?』  ごく軽い広東語のあいさつ。もともと広東語には敬語表現が少ないが、口ぶりからして客ではないようだ。 『うんうん、そう。…いや、今、まだ香港。うん…うん、いや。あー、人と一緒にめし食ってる』  ちょっと歯切れ悪く言って、ちらっと祐樹を見る。 『え、いや、えー…うん。まあ、そんなとこ。紹介ってなんだよ、おい。あー、それはまあ…』  しどろもどろになっている孝弘を見るのがめずらしくて、祐樹はにやにやしてしまう。どうやら電話の相手から、誰と一緒なのか問い詰められているようだ。  会話の感じからしてかなり仲のいい友人らしい。ちょっと待って、と相手に言うと、こまったように祐樹をうかがう。 「祐樹、ごめん。香港人の友達が祐樹に会いたいっていうんだけど、合流しても平気?」 「おれに? 会ってもいいけど、なんて紹介するつもりなの?」  友達として会えばいいのか、それとも取引先、いやもう同僚になるのかなと確認したら、恋人に決まってんだろ、と孝弘があっさり言うので、祐樹は絶句した。  まじですか、いきなり恋人? 「え、大丈夫?」 「うん、平気な奴だよ」  孝弘はなんでもないことのようにあっさり言った。  祐樹としては相手のことではなく、孝弘の立場を心配したのだが伝わらなかったようだ。  孝弘の友達に紹介されるなんて、当然のことながら初めてで緊張するが、まあべつに構わない。

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