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『落ち着け、レオン。5月に再会したんだ、コーディネーターの仕事で中国出張につきあってた』 『え、じゃあ今ってどうなってんの? これ、仕事じゃないよね?』 『ただの旅行。恋人とな。ついでにもうすぐ一緒に大連に赴任する』  孝弘がにやりと笑って、祐樹の肩をぐいと抱き寄せた。レオンの目がさらにまるくなる。 『マジで! え、再会して、すぐ恋人って。まさか孝弘、強姦したんじゃないよね?』 『なんつーこと言うんだ、お前は。ちゃんと口説いて合意でしたよ』 『え、したって…。あ、そう……いやまあ、合意ならいいんだけど』  真っ赤になったレオンは、そこではっとした顔で祐樹を見た。  レオンは祐樹が広東語を話せることを知らない。  図らずも会話を理解した祐樹は、なんといっていいものか困ってしまった。どうやらレオンは孝弘と祐樹のいきさつを聞いているようだ。 “あ、すいません。こっちだけで話してしまって”  レオンがあわてて英語で謝ってきたので、まあいいかと開き直ってくだけた広東語で返事をした。 『いや、大丈夫。おれのこと、前から知ってたの?』  祐樹の言葉を聞いて、レオンがさらに真っ赤になった。  パクパクと言葉の出ないレオンに代わって孝弘が笑って説明した。 『北京留学時代に、ぞぞむと入れ替わりに同室(トンウー)になった奴なんだ。夏休み明けの新年度からだったから、祐樹は北京では会ってないよな。2年間同室だった』  その言葉で、祐樹が去ったときのルームメイトだとわかった。  確かに新年度になって香港人と同室になったと聞いた気もするが、その時にはもう孝弘を遠ざけていたから、レオンに直接会う機会はなかった。  祐樹の表情で、何を察したか気づいた孝弘がさらりと続けた。 『俺がいちばん落ち込んだ時期を知ってる奴。だからレオンには頭が上がらないんだ』  いたずらっぽく孝弘が言ったことでその場の空気はやわらかいまま、レオンがさっと突っ込んだ。 『よく言うよ、僕ら3人のなかで一番好き勝手しといてさあ』 『ええ、レオンのが自由じゃん。今回の仕事もレオンの紹介だから受けたんだし』 『いや、やっぱぞぞむだろ。うちの董事長(トンシジャン)(社長)だし、あの中国人より強引なとこ最強だろ』 『言えてる! こないだの商談すごかったよ。俺ならぞぞむと取引しないね!』  仲のよさそうな遠慮のない雰囲気に、孝弘の留学生活がかいま見えてほっとする。祐樹がいなくなって落ち込んだようだけど、レオンやぞぞむと過ごして乗り越えたのだろう。  あらためてソファに座り、それぞれ飲み物をオーダーする。  一面ガラス張りのそとは香港の夜景が広がっている。態度や物腰から見るにレオンはいい家の出だろうと推測する。香港は実はかなりの階級社会だ。 『で、どんないきさつなの?』 『言ったろ。先月、仕事で再会して、口説きまくったって』 『高橋さん、ほんと?』 『祐樹でいいよ。まあ、そんな感じかな』  口説かれまくったなんて認めるのは恥ずかしくて、頬が熱くなる。

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