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第14章 揺れる心

 6月下旬の香港はセール期間が始まっており、巨大ショッピングセンター海港城(ハーバーシティ)には世界各国からの観光客や地元の香港人があふれている。  きのう買い物に来たここに、きょうは映画を見に来た。 『タカヒロ? タカヒロじゃない?』  吹き抜けの広い通路で名を呼ばれ、孝弘はメールを打っていた携帯画面から顔をあげた。 『…サラ?』  ショートボブにワンピース姿のきれいな女性が、数メートル先で首をかしげて孝弘を見ていた。 『やっぱりタカヒロだ。わあ、久しぶり、元気? 香港に来てたの?』  いぶかし気な表情が満面の笑みになり、サラが孝弘のそばまで寄ってきた。 『ほんとにサラか、びっくりした。カナダに留学中じゃなかった?』 『うん。姉の結婚式で一時帰国してるの』 『そうなんだ。それはおめでとう。サラは元気にしてた? カナダどう?』 『元気よ。カナダはいいところだけど、冬はとんでもなく寒かったわ』  雪も見たことがない香港人のサラには、零下の冬は初めてだっただろう。 『孝弘は何してるの? いまはレオンと仕事してるんでしょ?』 『まあね、ほかにも色々。通訳とかアテンドとか日本でガイドしたりとか』  今後しばらくその仕事はしないが、そこまで説明する必要はないかと専属の件は黙っておく。  香港ではステップアップのための転職は珍しくないし、仕事の掛け持ちも一般的だ。孝弘がいくつもの会社と仕事をしていたことは彼女も知っていた。 『忙しいのね、いいことだわ。香港に住んでるの? よかったら食事でもどう? 私は三日後にはカナダに戻るんだけど』 『ありがとう。でもごめん、ちょっと時間取れないかな』  言いながら、さりげなく祐樹の姿に視線を送った。  視界のすみに先ほどトイレから戻ってきたのを確認していた。  サラは察しよく、すこし離れたところに立つ祐樹を見て、あっという顔をした。祐樹はサラの視線に気づいても、それ以上近づいてこない。  孝弘との関係がわからないので、うかつに声をかけるのはやめておいたのだろう。 『ごめん、もしかして仕事中だった? 彼のアテンド?』 『うん、まあね』 『ごめんね、仕事の邪魔して。びっくりした、すごくきれいな人だね。日本人?』 『うん。日本からのお客さん。香港をガイド中。だから時間取れそうもないんだ』 『そうだったの。引き留めてごめん。会えてうれしかった。またメールするね』 『ああ、また』  サラの誤解を解かずにあっさり手を振って、祐樹のところへ向かう。

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