72 / 95

14-4

 孝弘のほうも画面に目をやりながら、祐樹の様子を気にかけていた。  サラについてなにか誤解したというわけでもないようだが、すこし沈んだ顔をしているのが気にかかる。  狭い香港だから、こういう偶然もべつにめずらしいことじゃない。半年間の香港暮らしのあいだ、繁華街で友人とばったり会うことは何度もあった。  とはいうものの、カナダに留学しているはずのサラと再会するのはさすがに予想外だったが。もっとも祐樹の気鬱は、サラが原因とは考えにくい。  やっぱり、きのうの発言だろう。  二人きりで旅行しているという解放感もあって、きのうは余計なことを話してしまった。まだ言うつもりはなかったのに。  もうすこし二人でゆっくり過ごして、お互いが側にいることに慣れて。それから仕事で結果を出して、祐樹にもっと頼られるようになったら。  そうなってから、なるべく近いうちにプロポーズしたいと考えていたが、あんなふうに知らせる気はなかったのだ。  でも祐樹があんまりはかなげに笑って、「都合のいい夢を見てるみたい」なんて言うから、思わず口が滑ってしまった。  孝弘のプロポーズするつもりという言葉を聞いた祐樹は戸惑った顔になり、その後、微妙に沈んだ表情を見せた。  手放しで喜ぶとは思っていなかったが、早まったなと孝弘は先走ったことを後悔した。  祐樹がこの関係に、案外臆病なことはわかっていたのに。  きちんとつき合うようになって一緒にいる時間が増えてわかってきたことだが、祐樹は恋愛に関しては思っていたより臆病だ。  仕事で見せる強気な態度からポジティブな感じがしていたが、恋愛関係においてはその強気さは発揮されないらしい。  傷つくのが怖いのかも知れないし、もしかしたら、過去にひどく傷ついたことがあるのかもしれない。その経験が祐樹を注意深くさせているのか。  あるいはゲイだということに引け目を感じているのだろうか。  孝弘はそんなふうに思っていないのだが、祐樹は孝弘を男同士の恋愛関係に引き込んだと後ろめたく思っている節もあるようだ。もっとはっきりいうなら罪悪感を持っているように見える。  もちろんそれは、祐樹のやさしさからくるものだとは理解している。  でもそんなことはもうどうでもいいのだ、好きになったものは仕方がない。お互いにお互いが必要で、思いあっている。そう開き直って欲しいとも思う。  抱き合っているときには孝弘が求めたら好きにさせてくれるのに、まだ気持ちは離れているような気がしてならない。以前よりは近づいたけれども、きっと孝弘の知らない祐樹もまだまだ多いんだろう。

ともだちにシェアしよう!