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 あの電話の時にも思ったことだ。  横浜でデート中にかかってきた電話。  祐樹はすこし困った顔をして、相手にどう説明しようか迷っているようだった。いつものポーカーフェイスが作れないくらいには動揺したらしい。  学生時代からの友人だと言うし、恋人関係になったことはなく、気軽につき合っている一人なのだと察しがついた。誘いを断っているのを聞いたときは心底ほっとしたけれど。  でも祐樹の顔を見たら直感でわかった。たぶん、ほかにも誰かいるのだと。  おそらく祐樹から連絡することはなく、誘われたら断らないくらいの相手がいるのだろう。とはいえ祐樹がああ言った以上、きちんと対処するのは信じている。  そういうところで流される人じゃない。それはわかっている。  特定の一人とつき合っていないことを不誠実だなんて責めるつもりはないが、それでも信頼とはべつのところで嫉妬心は沸いてきた。  過去の誰かに。あるいはまだ切れていない誰かに。  あんな表情を見るのを許されるのは自分だけだと思いたい。祐樹の快楽で上気した顔を思い出して、孝弘は嫉妬を自覚する。     きのうは海港城で買い物した後、ホテルに戻ってのんびり過ごし、夕食は近くの路上の店で気楽に食べた。  香港に来ても仕事しかしていなかった祐樹は街歩きもほとんどしたことがなく、賑やかな屋台や露店を楽しそうに眺めていた。  夜はソファでワインを飲んでのんびりしたが、祐樹はごくリラックスしたおだやかな態度で、内心を読ませなかった。  こういうとき祐樹のポーカーフェイスは大したもので、孝弘はそれを歯がゆく思う。もっと本心を見せてくれたらいいのに、と。  3週間の中国出張中、性急に求めすぎた揺り返しが来てるのかもしれないと、孝弘はすこし反省していた。  祐樹をどうしても手に入れたくて、かなり強引に迫った自覚はある。  再会したらずっと閉じ込めていた気持ちがあふれて、祐樹に考えさせる時間を与えることもできずに口説いた。拒絶された5年前を繰り返したくなくて孝弘も必死だったのだ。  祐樹は正直言って一目ぼれだったと思いがけない告白をしてくれて、それは相当孝弘を舞い上がらせたが、そのせいで歯止めがかからなくなった気もする。  強く押されるのに弱いことを知っているが、もっと大事にゆっくり関係を深めていくべきなのかもしれない。ひとりで祐樹を振り回しているのではないかと、孝弘はじぶんの行動を思い返す。  基本的に祐樹は孝弘から誘われたことに対してNoを言わない。本気でいやなことは断ると知っているからあまり気に留めずにきたが、実際には無理をさせているのだろうか。  ついつい祐樹を引っ張りまわして、クルージングに誘ったりホテルに泊まったりと孝弘のプランで連れまわしているが、もしかして祐樹には重くて面倒くさかった?  そもそも10連休をもらっても、長期休暇にうきうきすることもない人だ。香港に来させたのはレオンに会わせておきたいという孝弘なりの理由があったが、やっぱり強引すぎたんだろうか。  そう思いながら香港に来てからの祐樹を振り返ってみても、とくに祐樹が嫌がるそぶりをみせたところは思い当たらなかった。  となるとやはり、そもそもこの関係について、何か心揺れるものがあるのだろう。  スクリーンを見ているふりで、そっととなりに座る祐樹の気配を探る。  なにか思い切って気分を変えることをしたほうがいいかもしれない。孝弘はコーディネータの頭に切り替えて、段取りを考え始めた。

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