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「どうやってここに?」
「レオンがこのクラブの正会員だ。俺も招待されて何度か来たことあるんだ」
「それで場所まで知ってたんだ。彼、いいところのお坊ちゃん?」
「ああ。本人は来れないっていうんで、電話してここに入れてもらえるように頼んだ」
「そうだったんだ。迎えに来てくれてありがとう、うれしかった」
正面玄関の車寄せに陳がリムジンをつけて待っていた。
“よければお礼にディナーをといいつかっておりますが、そちらにお送りしてもよろしいですか?”
“ディナー?”
“はい。おふたり分のリザーブです”
告げられたレストランは最高級広東料理の名店だった。
値段が高いことでも有名だが、それ以上に予約の取れない店として名を馳せており、2年先まで予約で埋まっているという噂だ。
ちらっと孝弘を確認すると肩をすくめて頷いただけだった。中国人の面子を尊重したほうがいいというところだろう。
“じゃあ、ありがたくお受けします”
祐樹の返事を受けて、車は滑るようにまぶしいネオンのしたを走り抜けていく。
「ごめん、やっぱり断ればよかった? ここで帰ってもいいよ」
孝弘の不機嫌を感じ取って、祐樹がレストランのエレベーターホールでそう言った。
車内で孝弘は一言も口をきかなかったし、祐樹も陳がいたので会話するのを控えた。たとえ日本語で内容がわからないとしても、言い合いになるのをエリックの秘書である陳には聞かれたくはなかった。
「いや、この招待は受けたほうがいい。こんな店を用意されて、食べずに帰ったら彼の面子をつぶすよ」
「でも…、孝弘、怒ってるんじゃない?」
低い声で理性的な返事を返した孝弘に、おずおずと問いかける。
「べつに怒ってるわけじゃない。なんていうか……、嫉妬、したかな」
ため息まじりに返された言葉に、目を見開いた。
「え?」
「あいつが祐樹に触れたのかと思うと、すごく腹が立った。もうずっと前のことだってわかってても」
気まり悪げにそっぽを向く。こういう表情をするのはめずらしい。
「なんていうか、大人の男って感じでさ、余裕ありそうなとこが悔しかったっていうか、なんかむかつくっていうか」
かっこ悪いよな、と顔をしかめる。
祐樹はそっと孝弘の手を握った。
「でもおれは、むかついてる孝弘も、かっこ悪い孝弘も、嫌いじゃないよ」
「ありがと。さっきも祐樹は俺がいいってめちゃくちゃ褒めてくれるし、それ聞きながらあいつがにこにこしてるの見たら、もうなんかうれしいやら悔しいやら、どんな顔していいかわかんねーよって感じなんだ、いま」
紳士的で余裕をもったエリックの態度に挑発されたようだ。
そんな状況に陥らせた本人としてはコメント不能で祐樹は気まずく黙り込んだ。
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