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 エレベーターがおりてきて扉が開く。孝弘に促されて乗り込むと、シースルーのエレベーターが上昇するにつれ、香港の夜景が目のまえに広がった。 「ごめんな、祐樹。態度悪くて。気にしなくていいから。せっかくおごりだし、こんな店めったに来れないんだし、ごちになろ」 「そう? おれ、孝弘と食べるなら大牌檔(タイパントン)(屋台)でも茶餐廳(チャツァンティン)(カフェ)でもなんでもいいよ?」 「わかってる。そういってもらえてうれしい。ほら、着いた」  扉が開くと待機していた給仕係が部屋に案内してくれた。  清朝の王宮をイメージしたという内装は美しく、螺鈿細工の調度品が素晴らしかった。壁に飾られた扁額や水墨画、翡翠風の玉などがそれらしい雰囲気を出している。 「きれいな部屋だね。中国のテレビで時代劇たくさんやってるけど、こんな感じの部屋、よく出てくるよね」 「そうだな。なあ、キスして、祐樹。うんと濃いやつ。それで気持ち切り替えるから」  孝弘のおねだりに給仕係が扉をノックするまで、祐樹は深く貪るようなキスをした。  夜景の美しい個室で提供された広東料理は海鮮メインで干しアワビやフカヒレ、ロブスターに黄油蟹、鴿(ハト)などの高級食材がふんだんに出てきて、その味の良さと盛り付けの美しさに目を瞠るばかりだった。  祐樹が選んだワインもおいしくて、ふたりで楽しく話しながら飲んでいるうちに1本空けてしまった。  ほどよく酔って満腹になった帰りのタクシーで孝弘が宣言する。 「フライトは延ばしたから。あしたは海洋公園(オーシャンパーク)に行こう。平日だし空いてるよ」 「ほんとに行くんだ」 「祐樹はのんびりさせるとロクなこと考えないからな。やっぱり俺が引っ張りまわさなきゃだめだろ」  孝弘の言いように祐樹は返す言葉がなかった。  考えすぎるのは悪い癖だとわかっている。 「大連行ったらこういうテーマパークとかは期待できないから、いまのうち楽しんでおこう? 長期休暇なんてめったにないんだし。のんびりするのはもっとじじいになってからでいいからさ」  ってつまり、じじいになるまで一緒にいるってことか。これもある意味プロポーズみたいなもんか?   そう思っても気持ちよく酔っ払った頭では、この前のような戸惑いや気おくれは感じなかった。 「うん、そうしよう」  素直な気持ちでそう返事すると、孝弘が握り合っていた手に力をこめた。

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