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 ふわりと意識が浮かぶような感じがして、祐樹はぼんやり目を覚ました。温かい腕がゆるく巻きついていて、左の頬から誰かの心音が聞こえてくる。  誰か、じゃない。  ええと、この腕は誰だっけ…、…そう、孝弘だ。  懐かしい夢を見ていたせいで、一瞬、どこにいるのか分からなかった。  ここは東京の自宅で、じぶんはもう大学生じゃない。  孝弘と思う存分蕩けそうなセックスをして、疲れ切って抱き合ったまま眠ってしまったのだ。ゆっくりと顔をめぐらせて、孝弘の寝顔を確認する。  明日が孝弘の出発のせいか、懐かしい人と別れる夢を見たようだ。寂しくて胸が締め付けられるような感覚が残っている。  もうずいぶんと以前に別れた恋人の夢だった。  10歳も年上のその人は、高校生だった祐樹を口説いてとても大事にしてくれた。祐樹にとっては初めての同性の恋人だった。その彼と、別れた夜の夢を見た。  そんな夢を今さら見たことにじぶんでも驚いた。  もうすっかり記憶の底にしまって封をしたはずだったのに。  孝弘が北京に赴任するのが、そんなにも影響を与えているのかと再認識させられた気分だ。そっとため息をつく。 「…ん、ゆうき?」  身じろいだせいか、孝弘が薄目を開けた。  寝ぼけ声がふわふわしていてかわいい。  思わず口角が上がった。 「うん」 「もう朝?」  時計は見えないが、朝まではもうしばらく時間がありそうだった。 「ううん、まだだよ。もう少し、寝よう」 「…うん、気持ちいいな」  孝弘がすりすりと祐樹の髪に頬をすり寄せた。  その仕草がくすぐったくてうれしくて、祐樹も孝弘の胸に頬を寄せた。  とくんとくんと心臓の音が響いてくる。  病院でもこうして心音を確かめたことを思い出す。  そのまますうっと眠りに戻ってしまった孝弘に、祐樹はそっと抱きついた。眠っているはずの孝弘が無意識に腕を上げて、祐樹の髪をくしゃくしゃと撫でる。  孝弘の体温が温かくて安心できて、大好きだと気持ちがふくふくと温かくなる。  悲しい夢はぼんやりと遠ざかって、このままもう一眠りできそうだった。  孝弘の心音と体温を感じながら、祐樹は気持ちよく目を閉じた。  

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