2 / 7
第2話
それから数ヶ月後。
いつもみたいに慶吾と駅で待ち合わせて、近くの小さな飲み屋で飲んでいる最中に俺は切り出した。
「あのさぁ慶吾。今日この後、お前の家に行ってみたいな」
胸をバクバク言わせながらも、表情には何も出さないように注意した。
慶吾は俺の家に何度か来たことがあるけど、俺は未だに慶吾の家に行ったことがない。
いつ誘ってくれるだろうかと首を長くして待っていたが、ついに我慢ができずにこうして自らお願いしてしまった。
「俺の家?」
「うん。あっ、嫌だったらいいんだけどさっ」
慶吾は少し考え込むように目蓋を落として、また顔を上げた。
「嫌じゃないけど……俺の家、何もないよ?」
「いいよ。適当にテレビでも観て、のんびりしようよ」
「いや……テレビ、ないんだ」
「えっ」
テレビないの?
俺は暇さえあればテレビばっかり観るし、実家にはテレビが三台もあるから、ない家があるだなんてにわかに信じがたかった。
けれど確かに、芸能ニュースやお笑い番組の話を振っても、慶吾はあまりピンと来ていなかったことを思い出す。
「いいよいいよ、気にしない」
「大丈夫? 本当に何もないから、退屈させちゃうかもしれない」
「いいって。行ってもいい?」
「……うん。いいよ」
よし、と心の中でガッツポーズをする。
店から出て電車に乗り、案内されたのは外観がオレンジ色のアパートだった。
慶吾が鍵をまわし、ドアを開ける。ワクワクしながら中に足を一歩踏み入れて感激した。
三和土には、一足も靴が出ておらず、綺麗だった。俺の家では四、五足スニーカーが常に出しっぱなしになっているのに。
「いま履いてない靴はちゃんと靴箱に入れてんだー? いい習慣だね」
そう言うと、慶吾は顔を背けた。
「いや……他に靴、持ってないんだ」
「えっ」
靴箱を開けてくれたけど、その中身は空っぽだった。
少々呆気に取られたが、きっと一つのものを大事にする主義なんだろう。ますます好感度がアップした。
埃や砂も落ちていないし、慶吾って掃除好きなんだな。
靴を脱ぎ揃え、慶吾に続いて奥へ続く廊下を歩く。一人暮らし用の冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなどが並ぶが、すべてが新品のように真っ白だった。床にもチリ一つ落ちていなくて、薄汚れた靴下で歩くのが申し訳なくなってくるレベルだ。
「どうぞ」
慶吾に言われ、部屋の奥に行った。
俺は目をパチパチとしばたたかせる。
目に映るものは、窓際のベッド、キャスター付きの三段ラック、小さな机……だけ。
あとは真っ白な壁と、茶色い床。
本当に、何も無かった。
「引っ越してきたばっかり?」
「三年目かな」
俺も今ここと同じ大きさの六畳のアパートに住んでいるけど、こんなに声が響いたり、広いと感じたことはない。カーテンさえも無いので、窓には俺の驚く顔が映っている。
「慶吾ってもしかして、アレ? 無駄なモノは持たないっていう……」
「そうだね。邪魔な物を省いていったら結果的にこうなったよ」
いわゆるミニマリストってやつか。
俺はこの何もない空間を見渡しながら、何もない床に正座した。
「服とかはどこにあんの?」
「あぁ、この中」
押入れを開けるとハンガーラックが現れたが、そこにもほんの数枚洋服が掛かっているだけだった。そういえば慶吾の服はいつも代わり映えしないなぁとは思っていたが。
透明なケースもチラッと見えたから目を凝らすが、その中身もスッカスカだ。多分下着とか靴下なんかも、ほんの二、三着しか持っていないんだろう。
呆気に取られて声が出せずにいると、慶吾は押し入れを閉めて、深くため息を吐いた。
「引いたでしょ。こんな部屋で」
「えっ、いやいや、そんなことないよ! すごいじゃん、こんなに綺麗にしてて」
「いいよ、本当の事を言ったって。大学の友達も何人か来た事があるけど、すぐに帰って行って、もう来なくなったんだ。本当に何もねえなって笑ってね」
慶吾も何もない床に膝を抱えて座り、こうなった経緯を語り始めた。
コメントする場合はログインしてください
ともだちにシェアしよう!